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表情から見た情動
広島大学 難波修史
2017年12月2日 (土)
PEACE 3rd
自己紹介
•難波 修史(なんば しゅうし)
•広島大学大学院教育学研究科D2
•専門:感情と表情の対応、共感
•twitter:@NSushi
発表の目的
「表情にとっての情動とは何か」を考える
• 従来の情動表情に関する問題点
• 経験的エビデンスの紹介
情動表情を説明する新たな視座の提供
• Component Process Model
「情動と表情が対応する」という考え、
もうやめにしましょう!
結論
よくある話
表情と情動は対応している!
Basic Emotion Theory (BET)
• 情動を反映した普遍的表情 (Ekman, 2002)
― 楽しい=笑顔
― 怒り=顰め顔
ー 悲しい=泣き顔
表情は情動を反映している
©ラブライブ!
Facial Feedback Hypothesis
•表情作成が情動を喚起する仮説
例:笑顔を作成 (ペンくわえる)
→ 漫画がよりおもしろく!
Wagenmakers et al. (2016) より拝借
情動と表情の関係
幸福
(情動経験)
笑顔
(身体的反応)
「幸福」という情動は「笑顔」という
表情と相互に影響しあっている。
BET
(Affect Program)
FFH
(James Lange theory)
※画像=wikiより
Ekmanの影響力
Basic Emotion Theory:
普遍的な情動表情の存在
ドラマ・映画
教養知識
産業 (感情センシング技術)
ハンパねぇ!
情動表情はもうオワコン?
(やりつくされたテーマ?)
「じゃあ、質問です!」
情動表情が “終わったテーマ”
であるなら、なぜ我々の日常
に「正確なスコア」を叩き出
す感情センシング技術が応用
されていないのでしょうか?
理由はいくつかあるかもしれません…
頭のいい人 ノイズ
表情検出アルゴリズム
角度に対する
脆弱性
情動の種類
特徴量選択
個人差
感情センシング
ですが…
前提を疑おう!
B E T
そもそも情動を示す表情って
どういうことですか…?
Ekmanが想定する
Ekmanによる情動表情
• BET (Ekman, 1994) に基づく表情刺激がもっと
も有名+世界中で利用(Pictures of Facial Affect)
情動表情刺激の作成プロセス
・Darwin (1872) の著作
・Airport (1924) の著作
・Tomkinsとの対話
眉間を上げて寄せ
る+目を見開く+
下瞼上昇+横に開
口をしてください
Actor
Ekman
世界中の参加者
恐れ!
(e.g., Ekman & Friesen,
1969, 1971)
恐れ=眉間を上
げて寄せる+目
を見開く+下瞼
上昇+横に開口
BETのそもそものロジック
表情=送り手・受け手のコミュニケーション
から生成される信号・伝達ツールとして共進化
生物学的反応である情動が普遍的表情を喚起
+そのメッセージを受け取る表象の基盤が存在
特定表情に対して正しい情動ラベリングが世界
中で可能 ⇒ 普遍的情動表情の存在を証明
理論的根拠
• Darwin (1872/1965) の直観とそれのAirport
(1924), Tomkins (1982) の再解釈
• 心理学者の主観に基づいた考察
⇒ 理論的根拠が薄弱 (Fernández-Dols & Crivelli, 2015)
強い情動喚起場面における平均的な
表情 の正確な記述ではない。
認知的側面の偏重
• 受け手側 (表情認知) から情動の「普遍的
表情」の存在を主張
• それによって生じた問題点
― 表情と情動が1:1で対応(強い前提)
― 表出研究の不足(認知研究への偏重)
― 誤解された応用(産業・教育)
従来の「認知」研究ではない
研究の方向性が必要である!
Ekmanの情動表情とは
(例)嫌悪表情
A face that, in isolation, and when one uses one of the
frequently used categorization methods, is likely to be
categorized as disgusted (Aveizer and Hassin, 2017).
多くの人が「特定情動を示す」
と認知する表情に過ぎない!
余談:BETへの批判
• そもそも「表情認知」領域においても一般に評価
されるほど、普遍表情の存在は頑健ではない
複数のフィールド研究
による再現失敗
e.g., Crivelli et al. 2016
Elfenbein (2002) が Ingroup
Advantage の存在を指摘
(日本人の認知:日本表情 >米国表情
日本人顔の
機械学習
米国人顔の
機械学習
In-group
advantage
Dailey et al (2010)
情動経験と表情の関連を
「直接」検討した研究はないの?
メタ分析:先行研究のまとめ
•表情表出に関する研究
― Duran et al. (2017)
•表情FBに関する研究
― Coles et al. (in press)
情動経験と表情の関連:
Duran et al., (2017)
• 基本6情動に関する表情表出研究のメタ分析.
• 表情=Ekmanの想定する表情の一部でもあれ
ば表出とみなす (Full patternは無理)
• Coherence
― Correlations = .35, 95%CI [.28, .42]
― Proportions = .23, 95%CI [.15, .31]
関連は小さいけど確かにある!!
Duran et al’s results
• 情動経験と表情には統計的に信頼できる
関連があった.
• しかし, (幸福を除き) 関連は低い.
• Basic Emotion theory の前提:人が強い
情動を経験した+統制が加わらない時、
普遍的な情動表情が発現する。
不一致!
情動経験と表情の関連:
Coles et al., (in press)
• 表情FBに関するメタ分析.
• 表情操作が情動経験に及ぼす影響
― Effect size d = .25, 95%CI [.14, .26]
効果量は小さいけど確かにある!
笑顔の魔法は
存在した!!!
©ラブライブ!
なんだ、対応あるんじゃん。
• メタ分析
×「情動と表情の対応がない」
〇「BETの前提が強すぎる」
• 必要なパラダイムシフト:
特定情動を経験すると特定の表情が出てくる
⇒ 特定情動を経験すると特定表情要素が
2~3割の確率で表出されうる。
結局どうなの?
• 表情 (要素) と情動の対応=2~3割程度
• 効果量の大きさをどうとらえるかは議論
があるかもしれないが、確かに対応は存
在する。しかし…
「情動だけで表情を説明する」
というのには無理がある
でも直観的には…
やはり、うれしくて笑顔
になるように、情動経験
に応じて表情が生じる
ようにも思われる…。
©犬塚ボウル
では我々が作り出す表情を
どう説明・解釈するのか…?
まずは情動のモデルを考える!
情 動
情動のモデル
刺激 知覚
評価+
身体反応
ヘビ is 危険
(主題)
恐れです
情動経験
(awareness)
ここが大事!
刺激 知覚
評価+
身体反応
ヘビ is 危険
(主題)
恐れです
情動経験
(awareness)
従来の視点:Ekman的発想
恐れ
・恐れ表情
・心拍変化
・発汗増加
・危害強度
・間合い
・対処法
体験の要因と、それに
対する反応パッケージを
各情動カテゴリーがもつ
恐れです
※明確に ↑ の順序を常に
想定してたわけではない
重要な視点:
Dynamics (動き)
情動のフローチャート
恐れ!!
情動のフローチャート
恐れ!!
こうではなく…
情動のフローチャート
何こいつ!?
(新奇性評価)
痛そう!!
(快不快評価)
どうする!?
(対処法評価)
恐れ!!
©鳥山明
Component Process Model
出来事の知覚から生じた累積的な評価が
総体としての情動経験を引き起こす!
情動表情とは
嫌悪感情
情動表情とは
嫌悪感情
こうではなく…
CPMに基づく情動表情とは
新奇性評価 不快判断 対処不可能
個別の表情部位と確率的に結びついた
評価の累積による表情
つまり
•「情動と表情が対応する」
ではなく…
特定の出来事に対する逐次的な
「評価が個別表情部位と対応する」?
情動も含みます!
個別表情部位と実際の内的状態との関連
にもっと思いを馳せていこうぜ…!!
※ただの売名行為です。
※なお、この論文でCPM
は扱っておりません←
限界点
• 感情センシング技術のように実際の場面への応
用を考えた際に重要なのは、表情よりも「その
表情が生じた文脈」を加味した解釈であるとい
われています (Aveizer & Hassin, 2017)。
• さらにCPMもまだまだ発展途上 (2017年現在)
©みくた
※評価と表情要素の対応
Frontier に向かって…
• しかし表情研究をより意義のある研究
テーマにしていくためには、行き詰った
現状を打破する理論の大きな転換が必要
• 今回の発表が「情動とはなにか」、
「表情とはなにか」を考えるきっかけに
なればいいなと思います。
結論
「情動と表情が対応する」という考え、
もうやめにしましょう!
「表情は逐次的な評価と要素ごとに対応する」
という考えなんて、どうです?

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