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『ライブラリー・リソース・ガイド(LRG)』第18号(2017年3月)

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『ライブラリー・リソース・ガイド(LRG)』第18号(2017年3月)

  1. 1. ライブラリー・リソース・ガイド Library Resource Guide 第18号/2017年 冬号 発行/アカデミック・リソース・ガイド株式会社 特別寄稿 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 大原ケイ 特別寄稿 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 大原ケイ 特集 総理大臣資料はどこにある? 岡本 真特集 総理大臣資料はどこにある? 岡本 真 福田康夫 元内閣総理大臣 特別インタビュー 福田康夫 元内閣総理大臣 特別インタビュー 公文書の扱いとその国のかたち公文書の扱いとその国のかたち 新連載 かたつむりは電子図書館の夢をみるか LRG編 佐藤 翔
  2. 2. LRG Library Resource Guide ライブラリー・リソース・ガイド 第18号/2017年 冬号 発行/アカデミック・リソース・ガイド株式会社 猪谷千香の図書館エスノグラフィー 東京学芸大学学校図書館 運営専門委員会 [猪谷千香] 連載 かたつむりは電子図書館の夢をみるか LRG編 人並の人生も幸福も期待していなかった 図書館情報学徒、10年後の実態 [佐藤 翔] 特別寄稿 大原ケイ 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 特別寄稿 大原ケイ 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 特集 岡本 真 総理大臣資料はどこにある? 総理大臣資料 全調査 特集 岡本 真 総理大臣資料はどこにある? 総理大臣資料 全調査 福田康夫 元内閣総理大臣 特別インタビュー 公文書の扱いとその国のかたち [インタビュアー:松岡資明] 福田康夫 元内閣総理大臣 特別インタビュー 公文書の扱いとその国のかたち [インタビュアー:松岡資明]
  3. 3. 002 巻頭言 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 2017年最初の『ライブラリー・リソース・ガイド』です。はっきり言いましょ う。今回の号はかなり硬派なテーマです。恒例企画である「図書館100連発」の ような、親しみやすさは皆無と言っていいでしょう。これは、やや挑発的な言い 方をすれば、本号のテーマは日本の図書館への挑戦かもしれません。 本誌を年4回、刊行するにあたり、弊社の方針としては、赤字にならなければ それでよいとしています。本誌制作に携わる一人ひとりがプロとしての正当な報 酬を手にできてさえいれば、必要以上の黒字を生みだす必要はありません。しか し、さすがに今回のテーマは、売れ行きという面では不安がないわけではありま せん。いや、本来はこういうテーマの号こそ飛ぶように売れてほしいわけですが、 はたして実際どうなるでしょうか。その号の売れ行きは発刊から数ヶ月でおおむ ね見定められます。間もなく、今号が皆さまのお手元にわたるにあたって、発行 責任者としては少しばかり行く末を祈るような気持ちでいます。 とはいえ、あくまでこの雑誌は、「知識創造環境のプロデュース」を生業の一つ とするアカデミック・リソース・ガイド株式会社の刊行物にすぎません。私たち は知識創造環境を生みだすことが目的の組織であり、出版を生業とする気は少な くともいまはありません。しかし、これだけは大事にしたいと思っていることが あります。 それは、「意思を持って雑誌をつくる」ということです。漫然と特集を企画し、 原稿を依頼し、記事を執筆する、ということを私たちは決してしません。当然の ことでしょう。この時代に、あえて雑誌をつくっているのですから。つまり、私 たちには雑誌をつくるという強い意志があるのです。その意思があるからこそ、 今回のような採算ありきではない、振り切った企画が組めるのです。 巻頭言 「意思を持って雑誌をつくる」ということ
  4. 4. 003 巻頭言 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 アメリカには大統領図書館という制度があります。他方、日本では、歴代総理 大臣について同じような制度はありません。安易に日米の彼我の差を比較しても 意味はありませんが、民主主義のあり方を考えるにあたって、両国の違いは大き な示唆を与えてくれます。その思いを込めて、今回は下記の3本からなる特集に 総力を挙げて取り組みました。 ・大原ケイ「壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館」 ・岡本真「総理大臣資料はどこにある?」 ・福田康夫 元内閣総理大臣 特別インタビュー「公文書の扱いとその国のかたち」 特集の制作にあたっては、アメリカ取材まで決行してくださった大原さん、ご 多忙な中でインタビューを受けてくださった福田康夫元総理、元総理との橋渡し をしていただき、インタビューしてくださった松岡資明さんには心から感謝申し 上げます。 さて、大統領図書館を取材された大原さんの記事の対となる、総理大臣資料を 取材した記事は私自身が執筆しています。拙いものではありますが、大学時代に 日本政治思想史をかじった自分にとって、今回の調査と執筆は、まなび直すよい 機会となりました。また、人が生涯においてまなび続けていくこと、ときにまな び直すことの大切さをあらためて痛感しました。そして、そのプロセスにおいて、 図書館や美術館・博物館・資料館・文書館などから多大なご助力をいただいたわ けですが、まさにこれらの文化機関が社会にはたせる役割と可能性について、身 をもって再確認する機会ともなりました。そのような文化機関が少しでも増える ように知識を尊重し、本誌が学問を生かす社会の実現に向けた一助になれば幸い です。 本誌発行人・岡本真
  5. 5. LRG CONTENTS Library Resource Guide ライブラリー・リソース・ガイド 第18号/2017年 冬号 巻頭言  「意思を持って雑誌をつくる」ということ[岡本 真]……………………………………………… 002 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館[大原ケイ]………………………………… 005 総理大臣資料はどこにある?[岡本 真]……………………………………………………………… 041 「総理大臣資料」全調査[岡本 真]………………………………………………………………………… 083 福田康夫 元内閣総理大臣 特別インタビュー  公文書の扱いとその国のかたち[インタビュアー:松岡資明] …………………………… 113 猪谷千香の図書館エスノグラフィー  東京学芸大学学校図書館 運営専門委員会[猪谷千香]……………………………………………… 122 連載 かたつむりは電子図書館の夢をみるか LRG編  人並の人生も幸福も期待していなかった図書館情報学徒、10年後の実態[佐藤 翔]…… 130 アカデミック・リソース・ガイド株式会社 業務実績 定期報告 ………………………………………………… 142 スタッフボイス ……………………………………………………………………………………………………… 147 次号予告 …………………………………………………………………………………………………………… 151 定期購読・バックナンバーのご案内 ……………………………………………………………………………… 156
  6. 6. 壮大なバイオグラフィーとしての 大統領図書館 大原ケイ ジョン・F・ケネディ大統領図書館 大統領の執務室を再現した展示。 撮影=大原ケイ
  7. 7. 006 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 米大統領が華々しく登場し、ホワイトハウスを去った後につくられる図書館 4年ごとに行われるアメリカの大統領選挙は、全体で60億ドルもの選挙資金 が動くと推定される。その莫大な費用や選挙活動期間の長さ、なんでもありの中 傷合戦で共和・民主の2大政党が繰り広げる一騎打ちは、州総どりの選挙人制度 という壮大なゲームを見るようで、世界中が注目する民主主義の祭典といってい いだろう。軍事的・経済的にも世界のリーダーたるアメリカ大統領を決めるので あればそれも大げさではなく、必要なレースなのかもしれない。 アメリカには、その大統領の名を冠した図書館がいくつもある。現代の時点で 1期4年、最長2期8年と制定された任期を終えた大統領は、公私にわたる関係 資料を自らの大統領図書館に納めることになっている。 大統領図書館や大統領博物館と呼べる機関は、右ページの表のとおりである。 壮大なバイオグラフィー としての大統領図書館 文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、 ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に 広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本 とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書、2010年)、共著『世界の夢の 本屋さん』(エクスナレッジ、2011年)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子 書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子 書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。 大原ケイ
  8. 8. 007 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 代 大統領名 大統領図書館名(所在地) 1 ジョージ・ワシントン ジョージ ワシントン研究フレッド・W・スミス・国立図書館 (バージニア州マウントバーノン) 2 ジョン・Q・アダムズ アダムス国立歴史公園 ストーン図書館(マサチューセッツ州クインシー) 3 トーマス・ジェファーソン トーマス・ジェファーソン図書室(バージニア州シャーロッツビル) 6 ジョン・Q・アダムズ アダムス国立歴史公園 ストーン図書館(マサチューセッツ州クインシー) 16 エイブラハム・リンカーン エイブラハム・リンカーン大統領図書館・博物館 (イリノイ州スプリングフィールド) 18 ユリシーズ・グラント ユリシーズ・グラント大統領図書館 (ミシシッピ州スタークビル ※ミシシッピ州立大学) 19 ラザフォード・ヘイズ ラザフォード・B・ヘイズ大統領センター(オハイオ州フリーモント) 25 ウィリアム・マッキンリー ウィリアム・マッキンリー大統領図書館および博物館(オハイオ州カントン) 28 ウッドロウ・ウィルソン ウッドロウ・ウィルソン大統領図書館(バージニア州スタントン) 30 カルビン・クーリッジ クーリッジ大統領図書館・博物館(マサチューセッツ州ノーサンプトン) 31 ハーバート・フーバー ハーバート・フーバー大統領図書館・博物館(アイオワ州ウェストブランチ) 32 フランクリン・D・ルーズベルト フランクリン・D・ルーズベルト大統領図書館・博物館 (ニューヨーク州ハイドパーク) 33 ハリー・S・トルーマン ハリー・S・トルーマン図書館・博物館(ミズーリ州インディペンデンス) 34 ドワイト・D・アイゼンハワー ドワイト・D・アイゼンハワー大統領図書館・博物館(カンザス州アビリーン) 35 ジョン・F・ケネディ ジョン・F・ケネディ大統領図書館・博物館(マサチューセッツ州ボストン) 36 リンドン・B・ジョンソン リンドン・ベインズ・ジョンソン図書館・博物館 (テキサス州オースティン ※テキサス大学オースティン校) 37 リチャード・ニクソン ニクソン大統領図書館・博物館(カリフォルニア州ヨーバリンダ) 38 ジェラルド・R・フォード ジェラルド・R・フォード大統領図書館・博物館 (ミシガン州アナーバー ※ミシガン大学) 39 ジミー・カーター ジミー・カーター図書館・博物館(ジョージア州アトランタ) 40 ロナルド・レーガン ロナルド・レーガン大統領図書館・博物館(カリフォルニア州シミバレー) 41 ジョージ・H・W・ブッシュ ジョージ・ブッシュ大統領図書館・博物館 (テキサス州カレッジステーション ※テキサスA&M大学) 42 ウィリアム・J・クリントン ウィリアム・J・クリントン大統領図書館・博物館(アーカンソー州リトルロック) 43 ジョージ・W・ブッシュ ジョージ・W・ブッシュ大統領図書館 (テキサス州ダラス ※サザンメソジスト大学) ※本リストは、著者の原稿をもとにLRG編集部で作成したものです。
  9. 9. 008 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 表のうち31代目のハーバート・フーバー大統領を含む現在までの13図書館 は、すべてアメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration 以下、NARA)の管轄下にある。それ以前の大統領図書館はい ずれもNARAの管轄下ではなく、地方自治体や、その大統領の資産や寄付金を 元に設立された私設基金によって運営され、1990年代以降は、建物の老朽化の 際などに連邦議会の特別予算枠を改築費やメンテナンス代、あるいは特別展など のプロジェクトに充てている。これらはアーカイブ図書館としての一般的な意味 での大統領図書館というより、博物館か資料館といった趣が強い。 初代のジョージ・ワシントン大統領から31代目のフーバー大統領まで、つま り建国から150年という間、大統領図書館を設立するという法案がなかった時 代においては、大統領の私文書は大統領個人の持ち物であると判断され、ホワイ トハウスを去る際に持ち出して、破棄しようと、譲渡しようと構わないと思われ ていた。そのため、後世の者にとって建国の歴史が綴られた貴重な資料であって も、焼失、盗難、破棄されたり、大統領の子孫によって売却されコレクターの手 に渡るものも多かった。首都ワシントンにある議会図書館に寄贈された私文書も あったが、十分な予算も人手もなかったため、後世の研究に役立てやすいように 整理されてこなかった。 NARA管轄下にある現代の大統領図書館は、アーカイブ部門とミュージアム部 門に分かれている。アーカイブ部門はその大統領の政権下で発生した書類データ を管理し、アメリカ史を研究するうえで重要な資料が多いため、広く学者や学生 に開放されている。ミュージアム部門は当時の様子を伝える大統領の私物などが 一般市民にも開放されており、有料でそれらを観て回ることができるので、地元 の観光産業にひと役買っていることも多い。 現在におけるこのような大統領図書館のシステムは、1955年に米議会で制定 された大統領図書館法(PLA:Presidential Library Act)によって、「私的に建立 され、公的に運営される」大統領に関わる資料をアーカイブするためのデポジト リー(保管所)と定められた。 大統領図書館ができるまで 大統領図書館のロケーションは、その大統領ゆかりの地であることが多い。生
  10. 10. 009 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 まれ育った出身地や、大統領になる前に州知事や連邦議会議員として務めた場所 などが選ばれる。建物の規模や予算も各大統領の采配に任されているが、公的資 金が費やされることはない。大統領は自分のレガシーにふさわしいと思われる図 書館を、自分が集めた資金で建てることになっているのだ。私財を投じてもいい し、一般市民からの寄付を募ってもいい。ただし、大統領図書館の土地面積に応 じて、建立後もメンテナンスにかかる費用の一部を負担していかなければなら ない。1986年の大統領図書館の改正により、建物床面積は7万平方フィート(約 6,500平方メートル、約2,000坪)を超えると維持費がワンランク上がり、負担 が大きくなる。ロナルド・レーガン大統領図書館やビル・クリントン大統領セン ター図書館の床面積はこれを上回るため、運営・メンテナンスに必要とされる寄 付金額が多くて大変という話だ。 次に運営について。まず大統領が退任した時点で、NARAはホワイトハウス から持ち出したすべての文書や資料、つまり公文書から私的な手紙の類までの関 連書類を、首都ワシントン郊外にある国立公文書館の大統領図書館部門で保管す る。そしてどこに、どのような建物を、どのような設備にするのか、元大統領が 一人の市民として考え、つくり上げる間、NARAは関連書類を整理し、国家機 密に関わる情報については、連邦政府の職員で国家機密のクリアランス(セキュ リティレベルに応じて身の上調査を受け、それが証明された者に発行される安全 証明のこと)を受けたアーキビストが、一定期間を経なければ公開すべきではな い資料かどうかをチェックする。 大統領図書館の建物ができ上がると、その建物は連邦政府に寄贈するというか たちで連邦政府の所有物となる。個人や企業からの寄付は引き続き受けつけるこ とができ、アメリカ史研究の補助金、アウトリーチと呼ばれる啓発活動、展示イ ベントなどに使われる。 その後もNARAは大統領図書館と連携を図り、さらにどのような資料を収集 するか、書類の保管が行き届いているかを確認する。したがって各大統領図書館 には、連邦政府から派遣されたアーキビストが常駐し、書類や物品の保管状態を 指導している。連邦政府の職員が私設の大統領基金団体の職員と隣り合わせで働 いているのは、アメリカでも珍しい光景だ。 大統領図書館法の本文には、public interest(公益)という言葉が頻繁に出
  11. 11. 010 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 てくる。NARAが書類を保存するのは、前提としてそこに公益があるからで、 NARAが持つすべての権限も「公益」に貢献するものかどうかを判断基準にして いる。大統領図書館は国民のために存在するのであって、連邦政府といえども勝 手に書類を処分したり、隠したりすることはできないということだ。 自らレガシーを考え、アーカイブに価値を見い出したルーズベルト大統領 大統領として、公私にかかわらず自分が関わったすべての文書に歴史上の価 値を認め、自らの「レガシー」を考慮しつつ、多くの資料を最初に保存したのが、 32代目のフランクリン・D・ルーズベルト(任期:1933年〜 1945年)だ。 1932年の大統領選挙でハーバート・フーバーに圧勝した初当選から3度の再 選を勝ち取り、4期目の1945年4月に亡くなるまでの13年間、世界規模の大恐 慌に向き合い、第2次世界大戦を戦った。歴代の大統領の中でもアメリカ国民に 根強い支持を持つ。 「我々が恐れるべきは恐怖そのもの」という文句で始まる就任式での有名なス ピーチは、今も大統領図書館で、その映像を常時、見ることができる。 So, first of all, let me assert my firm belief that the only thing we have to fear is...fear itself — nameless, unreasoning, unjustified terror which paralyzes needed efforts to convert retreat into advance. In every dark hour of our national life a leadership of frankness and of vigor has met with that understanding and support of the people themselves which is essential to victory. And I am convinced that you will again give that support to leadership in these critical days. だから手始めに、私の固い信念について言いたい。我々が恐怖すべきことは ただ1つ、恐怖そのものなのである――名状し難く理不尽で不当な恐怖は、撤 退を前進へと転換させるために必要な努力を麻痺させてしまう。国民生活が暗 黒の時を迎えようとも、率直で活発な指導者に対し、勝利に不可欠な国民の理 解と支持を受けた。この危機的な日々にあっても、諸君は再び指導者を支持し てくれる。私はそう確信している。 (1933年3月4日、大統領就任式でのスピーチから) From ja.wikisource.org/wiki/フランクリン・ローズヴェルトの第1回大統領就任演説 License=CC BY-SA 3.0
  12. 12. 011 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 大恐慌時代の真っ只中に大統領の座を勝ち取ったルーズベルトは、政策面では ニューディール政策を打ち出し、現代アメリカの福祉制度の基礎を築いた。経済 面では、それまでの自由主義的な経済対策から舵を切り、ヨーロッパよりも先に ケインズ理論を政策に取り入れ、金融緩和を通して国内の銀行を見直し、預金の 安全を保障する策を講じた。真珠湾攻撃を機に、世界大戦への参戦を決意したの もルーズベルト大統領だった。プライベートでは、39歳のときに発症したポリ オという病を抱え車椅子での生活を余儀なくされていたが、国民にはそれを知ら せず任期を全うし、戦争勃発の舞台裏にあった赤裸々なやりとりまでもすべて公 表するつもりで準備をしてきた。 在任中の1939年、ルーズベルトは自分が所有する公文書をアメリカ連邦政府 に寄付するための措置を取った。これが大統領図書館法の制定につながっていく。 同時にルーズベルトは、資料館用の土地として、ニューヨーク郊外に所有してい た広大な土地の一部も合わせて連邦政府に寄付する算段を整え、さらには友人ら を含む支援者が非営利団体を立ち上げ、大統領図書館の設立に向けて寄付を募っ た。こうして1941 年、最初の大統領図書館が開館する。誰よりも先に大統領図 書館をつくることに意義を見い出したルーズベルトは、自身の大統領図書館の オープニングでのスピーチで次のような言葉を残し、いまも図書館のプレートに 刻まれている。 To bring together the records of the past and to house them in buildings where they will bepreserved for the use of men and women in the future, a Nation must believe in three things. It must believe in the past. It must believe in the future. It must, above all, believe in the capacity of its own people so to learn from the past that they can gain judgment in creating their own future. 未来の人々のために、過去の記録をまとめ、建物に保管するためには、国家 が3つのことを信じなければいけない。ひとつは、国家がその過去を信じなけ ればならないということ。ひとつは、国家はその未来を信じなければいけない ということ。そして何よりも、過去から学び、自分たちの未来を創るための英 知を得る能力を持つ国民を信じなければならない。 (1941年6月30日、大統領図書館のオープニングでのスピーチから)
  13. 13. 012 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 フランクリン・D・ルーズベルト大統領図書館があるハイドパークは、ニュー ヨークシティーから車で2時間ほど走った郊外にある。16エーカー(6.5ヘク タール)の敷地に、邸宅として使われていた石造りの建物があり、その玄関口に ロビーと売店のスペースが増築されている。2013年にリニューアルし、展示物 の多くをインタラクティブな見せ方にしたこともあり、入場者はそれまでの年間 平均で約15万人を上回る勢いだという。 コロニアル式の平屋の建物は、外から見るとこぢんまりとした印象だが、館内 は改築され、当時の暮らしが偲ばれる家財道具や日用品、大統領が自宅で使って いた書斎がスペースを最大限に使って再現されている。 大恐慌からニューディールの展示品もさることながら、真珠湾攻撃から75 周 年 を 迎 え た 2016 年 の 特 別 展〈Day of Infamy: 24 Hours That Changed History〉(2016年6月30日~ 12月31日)で重要な位置を占めているのは、真 珠湾攻撃前後の資料だ。ルーズべルト大統領のみならず、側近が、外交官が、議 員たちが度肝を抜かれたその混乱が見てとれる。外交官からの報告を聞きながら、 ノートの余白に書き込んだ「まさか?」の文字。この特別展は、1941年12月7日、 現地時間で午後1時24分に攻撃の第一報を聞いた瞬間から、その翌日12月7日 に大統領自らがDay of Infamy(屈辱の日)と名づけ、議会に日本への宣戦布告 を求めるスピーチをし、開戦宣言書に署名をするまでの24時間を追った企画だ。 まさに未曾有の大戦争に突入する緊迫感の中で大統領が自ら書き上げたスピー チの草稿や、混乱がうかがえる各軍からの報告書、そしてNARAが記録保存研 究所でリマスターした"Day of Infamy" speech(「屈辱の日」スピーチ)が聞ける ようになっている。その時点では予期できない瞬間の重なりが歴史なのだ、とい うことが如実にわかる展示であった。 新しく加えられたコンテンツとしては、真珠湾攻撃がその後どのように米軍の 組織、諜報機関のあり方、外交政策に影響を与えたのかを歴史家が解釈を試みた ビデオや、現役のニュースアンカーによってつくられた当時を振り返る作品があ り、古いものをそのまま保存するのではないアーカイブがそこにはあった。 交通の便が決してよいとはいえない立地ながら、ルーズベルト大統領図書館に は毎年2,000人の学者や学生が調べ物のために訪れる。「アメリカ史上、誰より も長い就任期間の大統領だが、当然のことながら当時の資料は紙に残されたも のが多く、デジタル化が今後の課題」と語るのは、この図書館に派遣されてきた
  14. 14. 013 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 図書館の裏庭にあるルーズベルト大統領の胸像。 撮影=大原ケイ フランクリン・ルーズベルト大統領図書館の外観 From www.flickr.com/photos/fdrlibrary/4998108047/ License=CC BY-SA 2.0
  15. 15. 014 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 カースティン・カーター氏だ。 ルーズベルト大統領図書館のアーカイブには1,700万ページ分もの資料、13 万枚もの写真が収められている。だがデジタル化され、オンラインでアクセスで きるのは紙の文書100万ページ分、パブリックドメインとなった写真資料2,500 枚だけだという。さらにルーズベルトは現役時代〈Fireside Chat〉(暖炉側のお しゃべり)というラジオ番組をレギュラーで持っていたし、映画のコマーシャル にも登場したうえ、車椅子に乗る姿や脚にギブスをつけた姿のプライベート映像 も残していた。 歴史資料のデジタル化もNARAが後押しして毎年少しずつ進めているが、片っ 端からスキャンしてインターネットに上げればよいというものではなく、研究者 にとってどういう資料が必要か、そのプライオリティーをつけるのもアーキビス トの仕事のうちだという。だがそれも、よかれと思って真っ先にデジタル化した ものからフォーマットが古くなるのが悩みどころだそうだ。「既にデジタル化さ れているものでも、いちばん古いものはマイクロフィッシュで残っていたりしま すから、ここに来てもらわないとアクセスできない資料もあります。本当は夫人 図書館内では、ルーズベルト大統領の自宅の書斎が再現されている。 撮影=大原ケイ
  16. 16. 015 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 の写真やビデオにも手をつけたいところですが」。 カーター氏がそう言うのも、ルーズベルト夫人、エレノア・ルーズベルトは長 らくファーストレディーだっただけでなく、夫の在任中に国連大使を務め、ケネ ディ大統領の元で組織された女性の地位向上委員会の初代委員長を務めるなど、 彼女自身も政治家として活躍し、大統領の代理として公務をはたすことも多かっ た。そのため、フェミニズムの歴史的な観点から貴重な記録が多いのだ。 ルーズベルト大統領図書館は、ルーズベルト・インスティチュートというシン クタンク的な非営利団体と提携し、ファンドレイジングなどで協力している。 知名度も人気もピカイチ、ジョン・F・ケネディ大統領図書館 13館あるNARA管轄下の大統領図書館の中で、日本人にとっても深い馴染み があり、また観光施設としても認知度が高く、毎年20万人という最多の訪問者・ 利用者を維持しているのが、ジョン・F・ケネディ大統領図書館だ。ボストンに は国内からの観光客だけでも2,500万人もが訪れるが、この大統領図書館は常に 真珠湾攻撃75周年の特別展〈Day of Infamy: 24 Hours That Changed History〉(2016年)の様子。 撮影=大原ケイ
  17. 17. 016 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号
  18. 18. 017 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号ジョン・F・ケネディ大統領図書館の外観。 撮影=大原ケイ
  19. 19. 018 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 人気の訪問先トップ10に入っている。 ボストン中心地の南東部、ドーチェスター湾を挟んでボストンの高層ビル群を 眺めることができるその場所は、若くして暗殺された悲劇の大統領を慕い、いま も彼を惜しむ人たちが訪れるキャメロット(聖地)となっている。ケネディ大統領 図書館の設計を手がけたのはI・M・ペイ(イオ・ミン・ペイ 20世紀のアメリカ を代表する中国系の建築家。ルーブル美術館のガラスピラミッドなどを設計)で、 白と黒のコントラストを活かした現代的な建物の中は、モダンでありながら古き 良き時代を想うアメリカ人の郷愁を誘うようなディスプレイで語りかけてくる。 若きケネディは、父親の期待を一身に受けて入隊した兄の後を追うように海軍 に志願した。日本軍を相手にソロモン諸島で魚雷艇PT-109を率いる中尉だった が、1943年8月1日の夜、日本海軍の駆逐艦「天霧」と接触し、魚雷艇は真っ二 つにされて大破、それが沈没するとケネディは部下とともに近くの島まで泳いで 避難した。助けを呼ぶにも方法がなく、ココナッツの殻にメッセージを掘ったと いうエピソードは広く日本でも知られているが、そのココナッツを入れてつくっ た文鎮は現在、ジョン・F・ケネディ大統領図書館に陳列されている。 弁舌さわやかでディベートでも対立候補だったリチャード・ニクソンより好印 象を残しただの、ハンサムだったから多くの女性票を獲得しただのと評されがち なケネディだが、彼の図書館を訪れた人が一貫して触れられるのは彼の知性だ。 彼は生涯で2冊のベストセラーを書いた。1冊は1940年、ケネディが学生だっ たときに書き上げ議員時代に再発行した本で、やがて戦争に突入していくイギリ スで1930年代に何が起きていたのか、そしていかに民主主義国家が全体主義に 絡め取られていったかを書いたWhy England Slept(『英国はなぜ眠ったか』日 本外政学会、1963年)。そしてもう1冊がピューリッツァー賞を受賞した1957 年のProfiles in Courage(『勇気ある人々』英治出版、2008年)だ。彼が尊敬す る上院議員のプロフィールを集めた本で、勇気ある政治家が世界を変えるのだと いうケネディの信念は、図書館の展示からも否応なく伝わってくる 。 だが、テキサス州ダラスで起きた暗殺に関する資料はここにはない。ケネディ の一生をストーリーのように進んでいく展示順路において、暗殺された1963年 11月22日と記されたプレートのある廊下だけは黒く塗られているだけだ。仄暗 いその回廊を進むと遠くに光が現れ、彼のレガシーを語る展示がまた始まるとい う構成だ。
  20. 20. 019 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 A nation reveals itself not only by the men it produces but also by the men it honors, the men it remembers. 国家はどんな人物を生み出したかだけでなく、どんな人物を敬い、記憶に留 めるかによって自らを露わにする。 (1963年10月26日、アムハースト大学で名誉学位を受けた際のスピーチから) 大統領の生涯を時系列に追ったマルチメディア日記だけでなく、デジタルの強 みを活かし、テーマごとにインタラクティブな資料が充実しているのもこの図書 館の強みだ。たとえば月面着陸やキューバミサイル危機など、歴史的なできごと を中心に据えて、その裏でどのような政治の駆け引きや、大統領の胸の内で葛藤 があったのかを知ることが できる。子ども向けに、宇 宙飛行士になったり、海 外派遣の平和部隊(日本の 青年海外協力隊に当たる) に入ったりして楽しめる RPGまで用意されている。 ここには図書館とアーカ イブ合わせて、約 60 人が フルタイムで勤務している。 そのうち連邦政府からの派 遣職員と私設基金の人数は 半々ぐらいで、そのうち図 書館情報学やアーカイブで 学位を持っているアーキビ ストは 13 人だという。ス タッフの数はケネディ大統 領図書館が最大で、ここに 収められている資料は文 書 840 万点、写真 40 万点、ケネディの人生とレガシーを表現する展示空間。 撮影=大原ケイ 暗殺された日を刻んだプレートだけが展示される壁。 撮影=大原ケイ
  21. 21. 020 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 音声記録9,000時間分、映像フィルム1,200時間分だという。アーカイブの目下 の課題はやはりデジタル化で、デジタルメディア担当部長のレイチェル・フロア 氏は、デジタル化されているのは「全体の1割ぐらい」だという。 結局3年と満たなかったケネディの任期(35代目、1961年〜 1963年)だが、 その間に発生したデジタル化されていない90%の資料は、地下のアーカイブ室 に収められている。2015年に日本で開催された「JFK─その生涯と遺産」展(国立 公文書館)では、その一部が海を渡ってきたのも記憶に新しい。アーカイブには ファーストレディー、ジャックリーン・ケネディが身につけたドレスのコレク ションなども含まれており、その保存をどうするかもNARAアーキビストの責 任だ。 なお、この大統領図書館に人一倍尽力してきたのが、娘のキャロライン・ケネ ディ前駐日大使だ。2013年から4年間、駐日大使として日米外交のさらなる発 展につくしてきたキャロラインは、ケネディ図書館基金の会長として、1984年 の大統領図書館設立当初からリーダーとしての役割をはたしてきた。毎年450 万と、アクセス数も最多を誇るケネディ図書館のサイトは、日本から閲覧すると 「JFKと日本」というリンクがあり、その一部を日本語で読むことができる。こう いった翻訳もケネディ図書館基金がスポンサーとなって経費を提供しており、前 述のココナッツの殻もインタラクティブな展示で見ることができるようになって いる。 ケネディ図書館基金は毎年、勇気をテーマにエッセイを書いた学生に贈られる Profile in Courage賞と、40歳以下でコミュニティーの公益に貢献した人物に 贈られるNew Frontier賞のふたつを授けている。 アーカイブ図書館としての役目とそのミッション 大統領図書館のミッションは「(国民が)大統領職をより深く理解し、アメリカ の歴史を共有できるようにするということに尽きる」と第10代米国アーキビスト に指名されたデイビッド・フェリエロ氏は語る。アメリカではNARA長官とし て「米国アーキビスト」という役職があり、国務長官や最高裁判事と同じように大 統領が指名する。大統領図書館の管理のほかに、首都ワシントンにおいて、米国 独立宣言書や憲法、権利章典などを守る任務がある。例えばもしこの先、米国憲
  22. 22. 021 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 法が改正されるようなことがあったら、議会で承認された書類を大統領の下に届 けて署名をもらうのもNARA長官の仕事になる。 2009年11月にオバマ大統領に指名されたフェリエロ氏は、30年以上もマサ チューセッツ工科大学図書館の司書として働いた経験があり、アーカイブのデジ タル化だけでなく、インターネットを使ったアウトリーチにも積極的で、彼の下 でNARAがFacebookページやTwitterのアカウントを持つようになった。また 公共テレビ局PBSと協力して〈American Experience〉(アメリカ体験)というド キュメンタリー番組をつくったり、古い映像フィルムの高画像コピーがつくられ る様子をネットで公開している。 NARAには教育用素材を学校に提供するプログラムもあり、未来の世代にイ ンスピレーションを与えられるようなインタラクティブな教育プログラムをつ くったり、学校専門の特別展を公開している。アーカイブの展示方法もつねに工 夫し、五感を使って知覚する資料に変えていくところも、テクノロジー重視の大 統領から指名されたフェリエロならではの方針だ。 唯一無二の紙の資料であれば、それを長期保存する方法を取りながらも、なる べく多くの研究者がその資料に触れられるようバランスをとる。アーキビストは 膨大な紙の資料を整理し、その重要度を見分け、アクセスしやすくするのが任務 だ。「アクセス」の中には、デジタル化による遠隔リサーチも含まれる。インター ネットの登場により、全米に散らばった大統領図書館に足を運んで訪れてもらう だけが目的ではなくなった。 最後に、NARAが保管する資料はどれくらいの量なのだろうか。NARAのウェ ブサイト(https://www.archives.gov/about/speeches/2011/7-11-2011.html) に、フェリエロ氏が言及していた記事があるので、抜粋して翻訳し紹介する。 「1934年に連邦組織として発足して以来、ナショナル・アーカイブでは、ホワイ トハウスに加えて275もの政府組織で発生する資料の中から、その2 ~ 3%に当た るものを歴史的、法的に重要だと認知し、保管しています。2 ~ 3%というと少な いと感じるかもしれませんが、ナショナル・アーカイブには120億枚の書類、1,800 万枚の地図や図業や設計図、4,000万枚の写真、55万の物品、そして何マイルにな るかわからないほどのフィルムやビデオ、53億点のデジタル記録が残されており、
  23. 23. 022 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 その管理を担っています」。(2011年7月9日、ボストンのシモンズ・カレッジで行 われた「高等教育におけるウィキペディア」サミットでのスピーチから)。 大統領図書館の設立と維持のための資金問題 何か新しいことをやろうと思えば先立つモノが要る。大統領図書館といえども、 監督する機関がNARAという「お役所」であるからには、金銭面は厳しく管理さ れているのが実情だ。 ルーズベルトが自ら私財を投じて大統領図書館を初めてつくった際には、そ れをアメリカ政府がギフトとして受け取り、管理する機能も法律もなかった。 1955年に大統領図書館法が制定されたことによって、任期を終えた大統領が個 人として用意した土地、建物、設備などをNARAが引き継ぐ制度がようやく明 文化された。大統領図書館法の条項には、大学や基金団体と協力して大統領図書 館を維持してもいいことや、入場料を受け取ってもいいことなどが含まれ、資金 調達への道を開いた。だが、大統領がその任期中に大統領図書館設立のための資 金を受け取ることは、汚職・贈賄の疑いを招く。 例えばクリントン大統領は、在任中にマーク・リッチという人物に恩赦を与え たことがあった。脱税と、イランとのビジネス取引の罪に問われていたヘッジ ファンド実業家で、帰国すれば逮捕されるということで、長らくスイスで暮らし ていた人物だった。恩赦の直後にリッチの元妻が、クリントンの図書館の建設向 けに45万ドル以上を寄付していたことが発覚し、これが癒着の疑惑あり、と問 題になったのだ(立件に至らず2005年に捜査が終了)。 これ以後、2007年の大統領図書館法改正により、ロビー活動をしているとし て連邦政府が登録している団体が200ドル以上の寄付をした場合、団体名を公 表しなければならないとされた。 大統領図書館の資金源としては、寄付金のほかに、併設の美術館への入場料が 考えられる。NARA管轄下の13館の大統領図書館・美術館への入場料は8 ~ 16 ドルで、敷地面積が広く、物価高のカリフォルニア州にあるロナルド・レーガン 大統領図書館の21ドルと、同じく物価高のニューヨーク州にあるルーズベルト 大統領図書館の18ドルがやや高めの設定となっている。 美術館入場料の売り上げのほかには、連邦の割り当て金が年間7,000万ドルほ
  24. 24. 023 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 ど支給される。アメリカの国家予算全体の3,500億ドルからみれば微々たるもの だが、こうした連邦政府と個人基金の特異な融合が誤解を招くこともあり、大統 領個人のレガシーを具現化するのになぜ税金が使われるのかという意見が、「小 さい政府」を目指す共和党やお茶会党の保守派議員から聞かれることがよくある。 さらに的を射た批判としては、どの大統領図書館も大統領のポジティブなとこ ろばかりをクローズアップして、失策や批判されてしかるべきネガティブなとこ ろに焦点を当てない、というものだ。だが、焦点を当てないのが事実であっても、 隠蔽や秘匿があるわけではない。 アメリカでは一般に広く認知されている法律で、国民の「知る権利」を定めた 1966年の情報公開法(FOIA:Freedom of Information Act)というものがある。 主に報道機関がひらかれた政府をもとめるための措置として利用するものだが、 連邦政府が保管する公文書などの情報は、国家安全に関わる一部の機密情報以外 は、国民からのリクエストがあれば公開しなければならない。情報開示のリクエ ストは、各行政機関に設けられた情報公開室が直ちに対応しなければならず、情 報開示の請求を拒否された場合、連邦裁判所に訴えを起こすことができる。 大統領の任期終了後、大統領図書館に収められる文書としてNARAが管理す る期限は5年間だ。その間にアーキビストは情報公開法の対象外となる機密文書 をチェックし、機密文書以外の情報に対しては、大統領図書館が完成していよう としていまいと、文書を公開する準備をしておかなければならない。 情報開示のあり方を問い直すきっかけとなったウォーターゲート事件 1972年、その年の大統領選挙で再選を狙っていたリチャード・ニクソン大統 領(第37代、1969年〜 1974年)に選挙スタッフの提案で、対立する民主党の本 部に盗聴器を仕掛けようとした疑いが持ち上がった。民主党本部があったビル群 の名前がウォーターゲートだったことから、一連のスキャンダルはこの名前で知 られることとなり、その後に大統領が絡む醜聞には、「~ゲート」とつけられるこ ととなる有名な事件だ。 映画『大統領の陰謀』に描かれているとおり、ウォーターゲートの空き巣犯がニ クソン再選キャンペーンからお金をもらっていたことをワシントン・ポスト紙の 記者らが突き止める前に、その年の11月、ニクソンは大差をつけて2度目の任 期を勝ち取った。
  25. 25. 024 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 ニクソン大統領図書館の外観 Frm wikimedia Commons /File:Nixon Library and Gardens.jpg 20:46, 23 March 2008(UTC) License=CC-BY-SA-2.5
  26. 26. 025 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号
  27. 27. 026 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 ニクソン大統領の罪は、最初はただの空き巣狙いだと思われていたこの事件に 自分の再選キャンペーンが関わっていることをFBI(連邦捜査局)、CIA(中央 情報局)、IRS(国内国歳入庁)まで使ってもみ消そうとし、さらにそのもみ消し の記録をもみ消そうとしたことにある。この事件が大統領図書館のあり方に関 わってくるのは、そのニクソンが自ら「個人的記録」のためにウォーターゲート事 件に関連した部下たちとの会話を録音していたことに端を発する。 大統領弾劾を突きつけられ辞任したニクソンは、自分の図書館のアーカイブに 収められる資料として、その録音テープの引き渡しを拒否した。録音テープはあ くまでも私的な目的で自分が録音したのだから私物であり、アーカイブで公開さ れるものではないというのが彼の主張だった。だが米議会では情報公開法の強化 が叫ばれ、とうとうニクソン元大統領の録音テープを引き渡させるためだけに、 1974 年、米議会は「大統領記録物品保存法(PRMPA:Presidential Records and Materials Preservation Act)を制定したのだった。 カリフォルニア州ロサンゼルスから南東60キロのヨーバリンダという郊外の 町に、リチャード・M・ニクソン大統領図書館がある。アーカイブには、4,600 万ページ分の文書、30万枚の写真、映像ビデオ400本、4,500本の録音テープ に加えて、大統領記録物品保存法によって引き渡された「ホワイトハウス・テー プ」3,700時間分が公開されている。 オンラインでアクセスできるニクソン大統領図書館のサイトには「ウォーター ゲート」というリンクもあり、ニクソン大統領の指示で盗聴やもみ消しに動いた 関係者らの証言、「ターゲットリスト」と銘打った盗聴相手のリストまで残されて いる。トップページには、常設展として2016年に公開されたばかりの最新情報 のキュレーションを担当した4人の歴史学者や大学教授を讃え、感謝の辞が述べ られている。 ニクソン大統領といえば、外交では世論に応じてベトナム戦争を終結させ、 1972年には中国と国交を回復、国内では環境保護局(EPA)や職業安全衛生管理 局(OSHA)を設立するなどの功績もある。この「清濁併せ呑む」情報開示の精神 はぶれていない。大統領の権力を暴走させないためにも、すべての情報公開が不 可欠だというNARAの取り組みが見て取れる例だ。 なおこの図書館には、ケネディ大統領、ジョンソン大統領、フォード大統領も
  28. 28. 027 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 使用し、ニクソンが大 統領として最後に搭乗 した「アーミー・ワン」 と呼ばれたあのヘリコ プターが展示され、来 る人を驚かせている。 退任してからが忙しい、大統領図書館の運営 クリントン大統領図書館 アーカンソー州ホープ(希望)という名の、小さな田舎町で生まれ育ったウィリ アム・ジェファーソン・クリントン大統領(第42代、1996年〜 2001年)は、日 本ではとかくホワイトハウスでの情事による弾劾騒ぎが面白おかしく語られるこ との多い人物だが、いまでは立身出世のストーリーとして輝かしいほど世界を舞 台に現役で活躍している。それもこれも妻が大統領に立候補したから、というば かりでなく、自分の大統領図書館を維持するために大統領を退任した後も奔走し ているせいもあるだろう。 シングルマザーの元で、腹違いの弟とともに裕福という言葉からは遠い環境で 育ったクリントンは、1963年に米国在郷軍人会の少年部代表の一人としてホワ イトハウスを訪れ、暗殺数ヶ月前のケネディ大統領に出迎えられ、握手を交わし ている。この出来事と、同じ年にマーティン・ルーサー・キング牧師の演説を聞 いたことが、若きクリントンに政治の道を歩むことを決意させたという。 若きクリントンとケネディ大統領が出会う様子は写真やビデオに残っており、 もちろん、クリントン大統領図書館でも見ることができる。生まれ育った故郷の アーカンソーの州都リトルロックに建てられた、アーカンソー川をまたぐよう に建てられたガラス張りの建物は、ニューヨーク屈指の建築事務所、エニアード (Ennead Architects、当時はポルシェックという名称)によるものだ。この大統 領図書館をサポートするクリントン基金のオフィスも同じ建物の中にあるが、ク ニクソンが大統領図書館 「アーミー・ワン」の展示。 From wikimedia Commons/File:Sea King VH3A.jpg 01:52, 23 March 2008(UTC) License=CC BY-SA 2.5
  29. 29. 028 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 リントン自身がここを訪れることはあまりないのが実情である。 クリントン基金は1997年に非営利団体として設立され、「グローバル時代の 課題に取り組む力を備えた人材をアメリカで育てる」ことをミッションとしてお り、図書館の維持もそのプロジェクトの一つとなっている。クリントン基金はこ れまで、世界中の企業や個人から20億ドルもの寄付金を集めた。ビル・クリン トンだけでなく、妻のヒラリー、娘のチェルシーもこの基金の理事となっている が、基金から一切の収入を得ていない。 いまでは、クリントン夫妻が家を持つニューヨーク州にもクリントン基金のオ フィスを置いているので、その維持費はかなりの負担となっており、大統領引退 後のビル・クリントンは、ずっと寄付金集めの活動をしてきたといっても過言 ではない。図書館設立の時点で寄付をしたドナーの数はゆうに10万人(団体を含 む)を超えている。 クリントン大統領図書館の床面積は、先代の大統領専用機「エア・フォース・ ワン」を屋内展示する別棟を2005年に増築したロナルド・レーガン大統領図書 館(22,600平方メートル)には敵わないが、6,382平方メートルの床面積を持つ 巨大な建造物だ。アーカイブの情報量もダントツで、8,000万ページ分の書類、 200万枚の写真、そしてネット時代の社交的な大統領らしく、Eメールのメッセー ジが2,100万通分が保管されている。 クリントン大統領は2期8年に及んだ任期中、高支持率をマークしてきた。下 院議会でモニカスキャンダルによる弾劾騒ぎが頂点に達した1993年に、支持率 が30%台に割り込んだこともあったが、平均すると、世論統計のギャラップ調 査が開始されてから歴代大統領の中ではナンバーワンの高支持率で、任期終了時 の支持率も73%でトップである。 そのクリントン人気にあやかろうと、大統領図書館がリトルロックに完成する 時期に合わせて、地元では色々なプロジェクトが始動した。アーカンソー川流域 に「リバーマーケット」と称する商業地域ができ、ホテルやレストランが増えた。 周囲の不動産やプロジェクトに20億ドル近いお金が落ちたとされている。 大統領図書館を訪れる入場者数は開館当時がいちばん多く、その後はジリ貧に なると思われがちで、さらにケネディ大統領図書館のようにボストン界隈ならと もかく、リトルロックのように観光施設があまりない地域の大統領図書館では集 客力にならないともいわれていた。だがクリントン大統領図書館は、近年も国内 からの訪問客を年間30万人もキープしている。有名シェフを雇ったレストラン
  30. 30. 029 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 をオープンさせたり、ビートルズからレゴまで、ポップなイメージを総動員した 企画展でアピールしていることもあるだろう。 大衆的な展示の裏で、自身のスキャンダルや問題とされた任期終了間際の恩赦 についての情報が少ないとの批判もある。法によって定められた期間を過ぎても 未公開になっている33,000ページ分の文書の中には、ヒラリー・クリントンの 2016年大統領選に影響があるとされる情報が含まれているからだと勘ぐる意見 もあるが、これもNARAのアーキビストが徐々に公開に向けて準備をしている ので、選挙後にはいずれ日の目をみることになるだろう。これはウォーターゲー ト事件を機に制定された1978年の大統領記録法(PRA:Presidential Records Act)の制定に基づくもので、大統領図書館に収められる書類は、大統領の任期 終了から5年の間にNARAがチェックして公開されなければならないが、その 間に歴史的にみて情報として価値がない、完全に私的な文書については、大統領 側の判断でその期間を12年まで伸ばすことができるというものだ。2016年の大 統領選挙中に起きたヒラリーのEメールの私設サーバ使用問題で、FBIが公開し ていない部分は、この完全に私的な「メール」の扱いについて、まだ法律が認知さ れていないことによる誤解もあった。さらにヒラリーは、クリントン基金がある ことによって利益を得ているのではないかと疑わたり、大統領に選ばれた際の賄 賂として機能しているのではないかと攻撃材料に使われた。 ウィキリークスにすっぱ抜かれた情報がその証拠とされたこともあったが、実 際の話はもう少し複雑で、ビル・クリントン大統領時代にスタッフとして働いて いた男がクリントン基金のファンドレイザーをしながら自分のコンサル業を立ち 上げ、クリントンにスピーチを頼みたいときなどの窓口を受け持っていたという わけだ。この事実も、それに気づいたチェルシー・クリントン理事によって是正 され、基金は自ら経理の見直しを図っている。そしてこれはビル・クリントンの 活動の話であり、ヒラリーには関係のないことなのだが、対するドナルド・トラ ンプの陣営に「ヒラリーにとっても利益相反、癒着そのもの」と決めつけられてし まった。 また、クリントン大統領図書館設立時のファンドレイジングでは、外国からの 寄付も多く、その中にはサウジアラビアなど中東圏の国からの寄付金があったこ とが、後になって問題視された。これまで任期を終了した大統領の家族が新たに 大統領に立候補した例がなかったため、法律が整っていなかったというわけだ。
  31. 31. 030 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 ウィリアム・J・クリントン大統領図書館の外観ウィリアム・J・クリントン大統領図書館の外観 From wikimedia Commons/File:William J Clinton Presidential Library Little Rock AR 2013-06-07 005.jpgFrom wikimedia Commons/File:William J Clinton Presidential Library Little Rock AR 2013-06-07 005.jpg 23:37, 10 June 2013(UTC) License=CC BY-SA 3.023:37, 10 June 2013(UTC) License=CC BY-SA 3.0
  32. 32. 031 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号
  33. 33. 032 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 これを機に今年(2016年)から各大統領図書館は四半期に1度、200ドル以上 の金額を寄付した団体名や個人名をすべて公表しなければならないことになった。 オバマ大統領はすでに寄付先のリストを公表したが、その額までは明かしていな い。リストの中には映画監督のジョージ・ルーカスや、地元シカゴのメディア王、 フレッド・エイシャナーの名前が含まれている。オバマ大統領もこれからクリン トンに負けじと、ドナー探しに奔走することになるだろう。 よきに計らえと、大学に間借りするジョージ・ブッシュ大統領図書館 自分の過去の功績を広く知らしめるレガシーづくりにあまり積極的ではないの が、43代目の大統領、ジョージ・W・ブッシュだ。任期終了後はテキサス州の 自宅に引っ込み、しばらく音沙汰がないなと思ったら、趣味として油絵を始めた というニュースが伝えられた。その後、画家ブッシュが開いた初の個展会場が ブッシュ大統領図書館だった。 ブッシュ大統領図書館は、テキサス州にあるサザンメソジスト大学のキャンパ スに建てられている。宗教団体が創設した私立の大学の敷地に、個人が図書館を 建て、それを連邦機関の組織が運営するという複雑で変わった存在は、建物も敷 地も連邦政府の管理下になっていたそれまでの図書館とは違い、警備の費用から 開館時間まで大学側の規約に準じることになったため、大統領図書館法にさらに 修正を加えなければ実現しなかった。 彼の家系は典型的な南部のお坊ちゃまで、ホワイトハウスに勤めるスタッフも 先代のお下がりとでも呼べそうな、第41代大統領ジョージ・H・W・ブッシュ の側近が多かったぐらいだ。ブッシュのレガシーといえば、1期目の大統領選挙 で民主党のアル・ゴアと接戦になり、決着がつかなかったフロリダ州の選挙人を 最高裁で判断したうえに、総格得票数ではゴアより少ない票数で大統領になった ことから始まる。 任期に就いて8 ヶ月後の2001年9月11日に同時多発テロが起こり、主犯のウ サーマ・ビン・ラーディンが隠れているアフガニスタンではなく、関係のないイ ラクに侵攻。結局、湾岸戦争開戦の根拠となった大量殺人兵器は見つからず、同 時多発テロの首謀者とされるビン・ラーディンを討ち取ることもはたせなかった。 4年後に民主党のジョン・ケリーを破って再選を果たしたものの、2005年に ハリケーン・カトリーナの対応の不手際で非難され、任期終了まで数ヶ月を残す
  34. 34. 033 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 2008年9月にリーマン・ショックという深刻な経済危機の終結の見通しも立た ないまま、ホワイトハウスを後にした。さすがにあまり自慢できる経歴とはいえ ず、退任後も支持率が低い大統領の一人となっている。 ブッシュは高校までは地元テキサスの学校に通っていたが、大学はイェール、 ハーバードと、東海岸のアイビーリーグ校を選んだ。サザンメソジスト大学は妻 のバーバラが卒業したところだ。ここに大統領図書館を引き入れたのは大学の理 事会側で、ブッシュ大統領就任直後、すでにこの企画を大統領に伝えている。同 じテキサス州のベイラー大学にいたっては、彼が大統領に当選する以前から大統 領図書館をキャンパス内に設置すべく動き出していた。ブッシュが再選し、大統 領図書館のことを考え出したときには、すでにテキサス州内の6大学が企画を提 出していた。2009年当時の時点で大統領図書館の建築、運営にかかる予算は3 億ドルを超えており、敷地面積は2万平方メートル弱と、レーガン大統領図書館 に次ぐ規模となっている。開館記念のセレモニーは、ブッシュの自伝刊行記念も 兼ねて、存命の前大統領4人が顔を合わせた。 現在、ブッシュ大統領図書館のアーカイブには、7,000万ページ分の文書と 400万枚の映像資料、Eメールなどデジタル化された記録80テラバイト分が収 められている。リサーチ目的でこの大統領図書館を利用する人向けに、ウェブサ イトで積極的に情報公開法の説明がされており、一般の人でも得たい情報が入手 できるように誘導されている。 ブッシュは自らの大統領図書館の開会式典で「ここに集まった“大統領”はオバ マ以外、現在無職なので」というジョークを飛ばしたが、任期終了直後、すでに 政界から離れたがっている様子の発言もあった。近所に住んでいながら大統領 図書館でのイベントにも滅多に顔を出さず、ようやく腰を上げたのは、自分の 油絵の個展が開催されるにおよんでだった。彼が描くのは主に肖像画で、プー チンからベルルスコーニまで、世界のリーダーを題材に選んでいる。Portraits of Courage(勇気の肖像)という、何やら聞いたことのあるようなタイトルで、 ブッシュの画集が刊行されるのも間近だ。いずれはこれら肖像画の保存も、ブッ シュ大統領図書館のアーキビストの仕事になっていくだろう。
  35. 35. 034 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 ジョージ・W・ブッシュ大統領図書館 From wikimedia Commons/File:George W. Bush Presidential Center 07 - jpfagerback - 2013-04-26.jpg 16:35, 26 April 2013(UTC) License=CC BY-SA 3.0
  36. 36. 035 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号
  37. 37. 036 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 デジタル・ファースト、ネット時代のオバマ大統領図書館の壮大な計画 2017年初頭をもって、2期8年の任期を終えた第44代、バラク・オバマ大統 領(任期:2009年〜 2017年)。初の黒人大統領として「チェンジ(変革)」と「ホー プ(希望)」をキーワードにキャンペーンし、就任当時の支持率が67%、任期最終 日が59%(ギャラップ調査による)と終始、高支持率を集めた。 オバマ大統領の図書館は、シカゴのサウスサイドに2020年をめどに開館予定 となっている。建設候補地には彼が生まれ育ったハワイや、大学生活(コロンビ ア大学)を送ったニューヨークなども挙がっていたが、最終的に選ばれたのは大 学卒業後、弁護士資格を持つ「コミュニティー・オーガナイザー」として彼が職を 得て、最初に上院議員に選ばれたシカゴの地だった。 シカゴはオバマにとって「私が男になり、妻と出会い、娘たちが生まれた場 所」(2012年5月、オバマ財団がウェブサイトで発表したビデオ映像より)として、 特別の思い入れがある。大統領図書館でも「地元コミュニティーへの貢献」がキー ワードとなるだろう。サウスサイドといえば一時期は犯罪率が高く、スラム化し た都市部として全米に悪名を馳せた場所だ。候補地のジャクソンパークは1893 年に万博が行われて以来、施設も荒れたままだった。オバマ大統領図書館の正式 名称はBarack Obama Presidential Centerで、図書館を超え、大統領がつくり あげる一大コミュニティーセンターにするのだという意志を感じる。 建設にかかる経費は、第43代ジョージ・W・ブッシュの5億ドルの2倍ぐら いになると予想されている。近年ではNARAが管轄する13館の大統領図書館の 維持費は年数を経るにつれてかさみ、全体で年間1億ドル近くまで上がっている。 連邦政府にこれ以上の負担がかからないように大統領図書館法が改正され、必要 とされる毎年の寄付額が引き上げられたのは、各館が閉館の憂き目に合わないよ うに、というのも理由の一つだ。 オバマ政権のスタッフではないが、長年の親友として大統領を支えてきたマー ティン・ネスビットがオバマ基金を立ち上げ、資金集めの中心人物となっている。 既に地元シカゴの有権者を中心に、12名からの寄付で540万ドルが集まったと 発表されているが、本格的なファンドレイジングは、オバマ大統領退任後に始ま ることになる。 2016年2月、オバマ夫妻が大統領図書館についての相談をするため、ホワイ
  38. 38. 037 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 トハウスに13人の客が招待されたニュースが伝えられたが、その顔ぶれが際 立っていた。全米一のビジネスSNSサイト、LinkedInを立ち上げたリード・ホ フマン会長、シリコンバレー随一のベンチャー・キャピタリストで以前からオバ マの経済政策アドバイザーであるジョン・ドアーらビリオネアに加えて、移民問 題に取り組むテハノ(メキシコ系テキサス人)女優のエヴァ・ロンゴリア、ノーベ ル文学賞作家トニ・モリソン、時代を先取りする名著が多いマルコム・グラッド ウェルらの名が挙がっていた。まさにダイバーシティーそのものといった多彩な ゲストを相手に、オバマは深夜まで図書館の構想を練るべく話し合ったという。 古い資料のデジタル化するのに追われるほかの大統領図書館を尻目に、最初か ら「デジタル・ファースト」で考え、ローカルな課題はスラムと呼ばれる地元の貧 困層の支援に貢献すること、そしてシカゴという地理的な拘束を離れ、世界中か らのアクセスに対応し、オバマ政権の功績と理念を伝えることがオバマ大統領図 書館のミッションだ。そこにスティーブン・スピルバーグ監督が「ナラティブ」を つくる手伝いをするらしく、ディズニーの第二黄金期を築いたドリームワーク ス・アニメーションのジェフリー・カッツェンバーグを交えて談話するオバマ大 統領が目撃されている。 これまで郊外に立つことが多かった大統領図書館が、まさに都市の中心部にで きるインパクトも大きいだろう。建物のデザインは全世界から応募があった140 作品の中から、トッド・ウィリアムズとビリー・ツィン夫妻(フィラデルフィア のバーンズ美術館やシカゴ大学のアートセンターなどのプロジェクトがある)が 起用され、地元に溶け込む未来型の図書館と博物館に取り組む。 「例えば、シカゴだけでなく、全米のどこからでもVRゴーグルをつけてカタ ログ化されたオバマ大統領のスピーチを選び、観衆の一人としてその場で聞いて いるような体験ができるようになるでしょう」と語るのはNARAの大統領図書館 デジタル・ストラテジー担当のアーカイビスト、メアリー・ニル氏だ。 このような未来型図書館で語られるオバマ大統領のレガシーといえば、ノーベ ル平和賞を受賞した核軍縮政策の呼びかけ、オバマケア(医療保険制度改革)、イ ラン核合意、ウサーマ・ビン・ラーディン急襲作戦と列挙にいとまがないが、ニ ル氏は「広島訪問も彼の大切な功績の一つとして収められることになるでしょう」 とつけ加えた。
  39. 39. 038 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 次期大統領の就任式直前、オバマ夫妻は別れの挨拶もそこそこに、大統領図書 館という次なるプロジェクトについて語るビデオを配信した。自分の政権を応援 してくれた国民に向かって「あなたの考えや、希望、一緒に到達できると信じて いるアイデアを送ってください。あなたにインスピレーションを与えてくれる若 い指導者や、企業や団体について語ってください。これは私だけでなく、あなた たちの大統領図書館なのですから」と訴えた。 これまでの大統領は大口の寄付を募り資金を調達してきたが、オバマ大統領図 書館は、彼が選挙の際に使ったやり方、つまりネットで小口の寄付を広く集めて いくことになるだろう。既に立ち上がっているオバマ大統領図書館のウェブサイ トには、10ドルから寄付できるリンクがついている。 リーマン・ショック後の金融政策、国内自動車産業の救済、ノーベル平和賞受 賞など輝かしい功績と「クールな大統領」「子ども好きで家族想いの理想的な父親」 というイメージで人気の高かったオバマ大統領だが、その政治手腕に批判がな かったわけではない。情報開示という点では、これまでの政権と同様、あるいは さらに機密主義的なところもあった。 例えば、イラクやシリアでの米軍によるドローン攻撃で、多くの一般市民が犠 牲になっていることが報道機関によって判明しているが、オバマ政権はこれを軍 事上の機密として人命の被害状況を公表していない。あるいは、9.11同時多発 テロ事件の直後にブッシュ政権によって制定された国民監視プログラムを含む愛 国者法については、上院議員時代は反対していたが、大統領になってからはさら にその法律を更新し、イギリスの諜報機関と組んで世界中の注意人物の情報を 得ていることは、ロシアに亡命したアメリカ国家安全保障局の元職員、エドワー ド・スノーデンに暴露されたとおりだ。 大統領図書館の存在意義とその未来 大統領図書館は、その大統領がいかに素晴らしい人物だったのかを祭り上げる 寺社ではない。アメリカ人が4年ごとに壮大な選挙を経て選ぶのは、聖人君子で はなく、あくまでも有権者と同じただ一人の人間だ。人が人を選び、アメリカ大 統領というリーダーとしての特権を与える。だが、どんなに盛大で公平な選挙を 行っても、ベストな人間が選ばれるわけではない。直接選挙ではなく、選挙人制 度というアメリカの特有のシステムのために、いちばん多くの投票者を集めた人
  40. 40. 039 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 が選ばれるとも限らない。デモクラシーだと信じていたものが、メリトクラシー (業績主義)やポピュリズムに乗っ取られていたということもあるだろう。それも すべてデモクラシーそのものが完全ではないからだ。 アメリカ特有の大統領図書館なるものの存在意義についても、国内で批判がな いわけではない。アーカイブの情報量を増やすあまり、何億ページ分もの私文書 をデジタル化したところで誰にも閲覧されないくだらない手紙もあるだろう。何 百万枚と写真をスキャンしても、大統領職とは関係ないものばかり写っているも のも含まれるだろう。 自分のレガシーの象徴として、どの大統領も一生懸命取り組んできた結果、代 が後になるごとに立派な建造物が用意されるようになり、NARAが大統領図書館 を管轄するための国家予算は、年間4億ドル弱ほどになっている。 2009年に米議会が、経費や運営の見直しを求めたこともあった。連邦政府の 国庫にかかる負担を減らすだけでなく、大統領図書館に収められている資料の保 存状態の改善や、情報公開法の義務である5年の猶予期間の見直しを求めたもの だ。改革案の中には、全米各地に散在する大統領図書館を全て一ヶ所に集中させ る、全ての資料をデジタル化・オンラインで提供する、アーカイブ図書館の部分 はNARAの管轄とし、美術館の部分は各大統領の私設基金に任せるなどの提案 があった。しかし、今後建てられる大統領図書館では、デジタル化によって紙の 資料は減っていくことが予想されるものの、アクセスしやすい環境を整えるため には、依然としてアーキビストやそのほかの専門家による手間も時間もかかる。 加えて、先代の大統領の資料でデジタル化できないメモラビリア(物品)などの資 料を一ヶ所に動かし、NARAが管理するのはかえって負担増という指摘もあった。 大統領図書館にかかる予算は、NARA が管理するアーカイブ全体の予算の 16%以下だが、首都ワシントンにある国立公文書館をはじめとするNARA管理 下の施設への入場者の63%を占める。それだけでなく、全米に13 ヶ所ある大統 領図書館は様々なプログラムを通じて地元コミュニティーを牽引し、豊かにして いる。 米議会への報告書の中で、アーキビストのフェリエロ氏はこう述べている。「ひ らかれた民主主義において、私たちには自由に大統領を判断することが許されて いる。将来、大統領図書館がいまのようなかたちで残ろうとも、ほかのものに変 わろうとも、判断する自由は同じように続いていく。我々の使命は、アーカイブ、
  41. 41. 040 壮大なバイオグラフィーとしての大統領図書館 ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 教育、プログラムなどを通し、この貴重なアーカイブの集積がなるべく多くの人 にとって、国家体験とその歴史的理解を深めていく役割をはたすのを見届けるこ となのだ。大統領図書館は、それぞれの時代や大統領個人、そして大統領制度と いうものを理解し、記憶にとどめるためのものなのである」。 企業の幹部であれ、政治家であれ、アメリカのトップリーダーの人たちはおし なべて、日本でいうビジネス書の類をあまり読まない。代わりに読むのがバイ オグラフィーだ。いわゆる評伝なのだが、アメリカではカテゴリーがきっちり 定義されている。自分で自分の一生を振り返り、資料などで正確な記述を裏付け るのがオートバイオグラフィー(自伝)、歴史家やノンフィクション作家がその 信頼度を持って、ある人物の一生を正確にかつ緻密に書き上げるのがバイオグ ラフィー。ロバート・カロ、ウォルター・アイザックソン、ロン・チャーノウ、 ジョン・ミーチャム、といった一流のバイオグラファーが何年も、ときにはなん 十年もかけて一人の偉人を追った何百ページもあるバイオグラフィーを上梓し、 エリート層は彼らが書き上げた重厚な読み物を好む。持ち上げるのも大変な分厚 い本がそれなりに売れる。 そういえばピューリッツァー賞の書籍部門にはフィクション、ノンフィクショ ンに加えて、バイオグラフィーというカテゴリーが独立して存在している。バイ オグラフィーがただの伝記ではないのは、そこにその人物の良いところも悪いと ころも洗いざらい書かれている体にある。褒め讃えるだけに終始している本には、 一種の揶揄を持って「ハギオグラフィー」と呼ばれ、バイオグラフィーとはまた別 のカテゴリー名で明確に区別されている。 トップリーダーたる人々がバイオグラフィーを好んで読むのは、その人物がな ぜ偉人と呼ばれるのか、どのような短所がありながら人の上に立てたのかを読み 込み、そこからリーダーシップというものを学べるからなのだろう。 今回の取材で、大統領図書館は各大統領の壮大なバイオグラフィーなのだと気 づかされた。来場者がそれぞれのストーリーを紡いで、自分なりの理解ができる バイオグラフィーなのだと。
  42. 42. 総理大臣資料はどこにある? 岡本 真 斎藤實記念館内にある旧宅。 撮影=岡本真
  43. 43. 042 総理大臣資料はどこにある? ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 はじめに 旅から生まれる出会いと問い この論考はある旅の記録である。その旅はいまも続いている。あるいはこの国の おおもとの政治制度に大きな変革がない限り、永遠に続く旅である。その意味では 未完の論考の中間報告といえるだろう。 私の日常のひとつが旅である。本誌の出版元であるアカデミック・リソース・ ガイド株式会社の代表として、社の事業のひとつである日本各地での公共・商業 施設の整備を支援するため、私は2009年の創業以来7年間、ひたすら日本各地、 ときには海外を旅してきた。2012年以降は記録をつけているのだが、おおむね 年間10万キロ以上の旅を続けている。 総理大臣資料は どこにある? ── 序章 ── 総理大臣資料という問い 1973 年生まれ。国際基督教大学(ICU)卒。編集者などを経て、1999 年、 ヤフー株式会社に入社 。Yahoo! 知恵袋などの企画・設計を担当。1998年 に創刊したメールマガジンACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)(週刊 / 5,000部)を母体に、アカデミック・リソース・ガイド株式会社を設立。「学 問を生かす社会へ」をビジョンに掲げ、全国各地で新図書館などの文化機関の 整備に関わるほか、ウェブ業界を中心とした産官学連携に従事。近著に『未来 の図書館、はじめませんか?』(青弓社、2014年)がある。 岡本 真(おかもと・まこと)
  44. 44. 043 総理大臣資料はどこにある? ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 この旅の目的はもちろん仕事を主としているが、職業柄もあり、赴いた先々で 過ごす時間を努めて大事にしているつもりだ。この論考の元にある問いはこうし た日々の旅から生まれ、日々の旅の中で鍛えられてきたものだ。 では、ゆるやかにその旅のページをめくっていこう。 ある図書館での出会いと気づき 2011年8月のことだ。前日に岡山県立図書館で行われた研修会の帰路、私は 県の中南部にある総社市の図書館を訪問した。ここは市名の由来となった総社 (宮)という、国内の神々を一ヶ所に集約して祭る、日本でも現存の少ない珍しい 神社がある歴史ある街である。かつては備中国の国府が置かれた、吉備文化の中 心地のひとつでもある。 この街にある総社市図書館を訪れたのは、本当に偶然のめぐりあわせだ。ワー クショップ形式も交えて行った前日の研修会で、この図書館の職員の活動と発言 がきわめて活発だったのだ。そこで「あの方が働いている図書館に行ってみよう」 と一念発起しての訪問だった。 これは私の普段からの流儀なのだが、アポをとらずに訪問した。出会った翌日 の図書館訪問にその職員の方は「まさか!?」という驚きの表情を見せつつも、快く 2016年 10万0,692km 2015年 11万7,036km 2014年 11万3,090km 2013年 12万8,212km 2012年 11万9,819km 図1:2016年の国内移動の軌跡
  45. 45. 044 総理大臣資料はどこにある? ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 歓迎してくださった。当日の不意の来訪ゆえ、特段の案内は辞退して、同行者2 名とともに自由に館内を見学してまわる。私、いや弊社の図書館見学では、いく つか見るポイントがあるのだが、そのひとつがやはり公共図書館の大事な核とい える地域・郷土資料の棚である。この日も地域・郷土の棚をまじまじと見ていた。 すでにふれたように総社は歴史のある街である。当然、総社(宮)や国府に関す る資料が整然と並ぶ中、ふと室内を見わたすと、なにやら立派なガラス扉のつい た書架が並んでいる。近づいてみると、書架上にこう書かれたサインがある。 「この書棚の本は第八十二代総理大臣 橋本龍太郎氏より寄贈いただいたものの一部です」。 大げさなようだが、いささか青天 の霹靂というような衝撃があった。 なるほど、確かに橋本龍太郎元総理 は総社市が地盤の政治家だった。当 人は東京生まれではあるが、政治家 としては岡山県から選出された国会 議員であり、総社市の名誉市民にも なっている。いま考えると、確かに ありそうな話ではあるが、郷土の名 士である橋本の寄贈書が地元の図書 館にあるということに、意外な思いを強く感じた。このようなかたちの地域・郷 土資料があるのか、という思いだ。と同時に、それはこのような問いが生まれた 瞬間でもある。 この国の歴代総理大臣の資料は、いまどこにあるのだろうか? ちなみに総社市図書館を訪ねた2011年当時は、橋本はその5年前の2006年 (平成18)年に逝去し、94代の菅直人総理大臣が在任していた頃だ。総理大臣経 験者の実数は、複数回経験した政治家もいるので代数ほど多くはないが、それで も60名を超える。そして、1885年(明治18年)に内閣制度が発足し、初代総理 大臣の伊藤博文が就任してからすでに100年以上の時を経ている。その間、さ まざまな課題はあったにせよ、この国を率いる立場にあった歴代総理大臣の資料 総社市図書館の橋本龍太郎元総理の寄贈書コーナーのサイン
  46. 46. 045 総理大臣資料はどこにある? ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 は、いまどうなっているのだろう か。 この問いは、日々、日本各地を 旅して過ごす私に、新たに訪問す る場所と目的をもたらした。この 問いから5年半。本稿は、歴代総 理大臣の事績と足跡を訪ねる旅の 途中の記録であり、未完の論考の 中間報告といえる。 なぜ、総理大臣資料なのか。総理大臣資料とは何か。 内閣総理大臣の歴史的経緯 先に記したように1885年(明治18年)に伊藤博文が初代総理大臣に就任して 以来、日本には歴代で96代、複数回就任を考慮すると、62名の総理大臣が就任 している。まずは表1をご覧いただきたい。 総社市図書館の橋本龍太郎元総理の寄贈書を収めた書架 表1:歴代総理大臣の一覧(*は複数回就任者) 明治期 (1885 〜 1912年) 大正期 (1913 〜 1926年) 昭和20年代 (戦前戦中) (1926 ~ 1945年) 昭和20年代〜 40年代 (1945 〜 1964年) 昭和40年代〜 60年代 (1964 〜 1989年) 平成期 (1989 〜 2012年) 伊藤博文* 黒田清隆 山県有朋* 松方正義 大隈重信* 桂太郎* 西園寺公望* 山本権兵衛* 寺内正毅 原敬 高橋是清 加藤友三郎 清浦奎吾 加藤高明 若槻礼次郎* 田中義一 濱口雄幸 犬養毅 斎藤実 岡田啓介 廣田弘毅 林銑十郎 近衞文麿* 平沼騏一郎 阿部信行 米内光政 東條英機 小磯國昭 鈴木貫太郎 東久邇宮稔彦王 幣原喜重郎 吉田茂* 片山哲 芦田均 鳩山一郎* 石橋湛山 岸信介* 池田勇人* 佐藤栄作* 田中角栄* 三木武夫 福田赳夫 大平正芳* 鈴木善幸 中曽根康弘* 竹下登 宇野宗佑 海部俊樹* 宮澤喜一 細川護熙 羽田孜 村山富市 橋本龍太郎* 小渕恵三 森喜朗* 小泉純一郎* 安倍晋三* 福田康夫 麻生太郎 鳩山由紀夫 菅直人 野田佳彦
  47. 47. 046 総理大臣資料はどこにある? ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 1885年以来、一貫して続く内閣 総理大臣の制度ではあるが、その連 続性と共にいくつかの断絶があるこ とには注意しておきたい。大きく 異なるのは、大日本帝国憲法(1889 年[明治22年]公布、1890年施行) と現在の日本国憲法(1946年[昭和 21年]公布、1947年施行)という国 家の最高規範である憲法だが、実際 にはより微妙な違いがある。そもそ も伊藤博文が初代総理に就任したのは大日本帝国憲法以前の話であり、当時の内 閣総理大臣は1885年12月22日に発された「太政官達第六十九号」に基づく制度 である。 そして大日本帝国憲法においては、 内閣総理大臣を含む内閣全般に関す る具体的な文言はない。他方、日本 国憲法においては、第66条に「内閣 は、法律の定めるところにより、そ の首長たる内閣総理大臣及びその他 の国務大臣でこれを組織する」と明 記されている。つまり、公布・施行 前の時期も含め、大日本帝国憲法下 における総理大臣と日本国憲法下に おける総理大臣は、その位置づけや権限が大きく異なるのだ。 また戦前戦中期においても、一般に「憲政の常道」と呼ばれる慣習が存在した時 期がある。これは1924年(大正13年)の加藤高明内閣に始まり、1932年(昭和 7年)に犬養毅内閣が五・一五事件で終止符をうつまでの5名、6代にわたって続 いたもので、選挙における第一党の党首を総理とする組閣を行う慣行である。き わめて短い時期ではあるが、この期間における総理大臣の権限はそれ以前と比較 すれば微妙に異なるものだ。 太政官達第六十九号(国立公文書館所蔵) 日本国憲法における「内閣」箇所
  48. 48. 047 総理大臣資料はどこにある? ライブラリー・リソース・ガイド  2017年/冬号 いずれにせよ、戦前戦中と戦後、特に日本国憲法の施行以降とでは、内閣総理 大臣の位置づけは大きく異なる点があることを覚えておきたい。以上を前提とし て、本来の問いに進もう。 総理大臣資料とは何か 「総理大臣資料」という言葉には特に学術的な定義があるわけではなく、私が自 分の問題意識を整理しながら考えた言葉である。総理大臣は要するに政治家であ るわけだが、政治家はその人生において多種多様な記録・資料を残している。 著名なところでは、19代総理大臣である原敬が遺した『原敬日記』(福村出版、 1967年)がある。これは1875年(明治8年)から原が東京駅で暗殺される直前の 1921年(大正10年)までに書かれた日記だ。「当分世間に出すべからず」という原 の遺言を踏まえ、その内容は長らく伏せられていたが、没後30年以上を経た戦 後になって公刊されている。 このような日記もあれば、書状・書簡もある。特に明治期の政治家は、膨大な 書状・書簡を残している。これらはいわば私文書であるが、公文書として残され ている記録・資料も少なくない。そして、当人が収集し愛読した蔵書がある。さ らには日常生活で用いた品々も資料といえるだろう。 整理すると次の表のようになる。 これらの総理大臣資料の保存状況はさまざまである。かなり確実に保存され現 在まで受け継がれているものもあれば、災害や戦災、あるいは本人や家族・親族 らによる意図的な焼却・廃棄などによって失われたものも少なくない。なお、本 公文書類 公的記録として発信・記録された資料群。 (個人蔵の)書類 書込みのある執務資料、メモなど。政策決定の裏面をうかがえるもの。 日記・日誌 私的に綴られた日記・日誌類。 書状・書簡 受発した手紙類。政治家の手元には受け取ったものが残ることが一般的。 書画類 色紙や掛け軸に残した書や絵画類。 著書・蔵書 自身の著書や収集(寄贈も多い)した蔵書類(和書、漢籍、洋書)。 愛用品 衣類やキセル、杖などの日常使いの品々や授与・下賜された品々。 表2:総理大臣資料の区分

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