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無料追補版#4「実録・UTタスク事例集」
- 1. 樽本徹也(著)『ユーザビリティエンジニアリング(第 2 版)』
無料追補版 #4 [2017.8.7 発行]
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実録・UT タスク事例集
※この追補は本編「9-3 テスト設計」(p195-208)に関する補足資料です。
「ユーザテストはタスクが命」──。実利用時とは異なり、テストの被験者にはアプリを
使う本当の意味でのモチベーションはありません。あくまで「謝礼と引き換え」にアプリ
を使うだけです。ただし、依頼主から「○○してください」と指示されれば、謝礼をもら
っているので「誠実」に○○しようとしてくれます。そして、「誠実に○○しよう」とすれ
ばするほど「問題点に遭遇」することになります。これがユーザテストのカラクリです。
つまり、全ては「〇〇してください(=タスク)」から始まるのです。
ただ、一般的にテストは“秘密裏”に行われるものなので、タスクの実物を目にする機会
はあまりないと思います。初めて自分でテストを実施しようと思った時に、一番悩むのは
「どんなタスクを書けばいいのか?」ではないでしょうか。
そこで、私(樽本)が『ユーザテスト Live! 見学会』( http://peatix.com/group/12790 )で
実際に使ったタスクをいくつかご紹介しようと思います。各テストのシナリオと全タスク
に加えて、設計の意図や背景も解説しているので、タスク設計のコツが掴めると思います。
(※注意:ここに掲載したテスト対象製品の UI は既に変更済なので、同じタスクを実行し
ようとしても上手く行かないかもしれません。テストは意外と“ナマモノ”なのです。)
- 2. 樽本徹也(著)『ユーザビリティエンジニアリング(第 2 版)』
無料追補版 #4 [2017.8.7 発行]
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■事例1:ネイル写真投稿サービス「ネイルブック」
【シナリオ】
ふと指先を見たあなた。今のネイルのデザインに飽きてしまったので、近々ネイルサロン
に行こうと思い立ちました。いつもネイルサロンはクーポン情報アプリを見て決めていま
す。しかし、先日友達から「ネイルブックっていうアプリが、かわいいネイルがたくさん
あって楽しいよ! それに、気になるサロンも見つけたんだよね。」という話を聞いたのを
思い出して、早速アプリをインストールしてみました。
タスク 1 近々ネイルサロンに行くとすれば、今度はどんなネイルのデザインをしたいで
すか? デザインのイメージをなるべく詳しく声に出して教えてください。
タスク 2 ネイルブックを起動して、あなたのイメージにあったネイルを探してください。
気に入ったデザインがあれば、最大 3 つまでお気に入りに入れてください(な
お、お気に入りに入れる際には新規会員登録が必要になります)。タスク 2 の制
限時間は最大 5 分間です。
タスク 3 タスク 2 で入れたお気に入りを見てください。
タスク 4 したいネイルのデザインイメージがつかめたので、次はネイルサロンを探すこ
とにします。ネイルブックを使って、あなたのいつもの行動範囲(通勤・通学
でいつも使っている路線の沿線や、いつも買い物に行く場所の近くなど)の中
で、行ってみたいネイルサロンを1件探してください。タスク 4 の制限時間は
最大 5 分間です。
タスク 5 今、仮に、あなたは三軒茶屋にある「プライベートサロン スピカ」というネ
イルサロンに行ったとします。かわいいデザインにしてもらってすごく満足し
たので、色々な人に見てもらって「かわいい!」と言ってもらいたくなり、写
真を投稿したいと思いました。
今、自分がしているネイルの写真を撮って、ネイルブックに投稿してください。
このとき、ネイルサロンへの感想も“想像”で書いて投稿してください。(なお、
投稿した写真はプロフィール画面より削除が可能です。タスク終了後に削除し
ても結構です。)
【タスクの解説】
このテストでは、このアプリの標準的な利用体験フローに沿って「ネイルを探す」「ネイル
サロンを探す」「ネイルの写真を投稿する」という主要タスクを順番に提示しています。た
だ、いきなり「ネイルを探してください」と指示されても、すぐにはイメージが湧かない
ので、被験者は適当に探してしまいがちです。そこで、タスク 1 で「デザインのイメージ」
を挙げてもらってから、タスク 2 で「実際の行動」に移す──という 2 段階構成にしてい
ます。こうすれば、被験者は「有言実行」せざるを得なくなります。また、被験者(全員
女性)にはリクルート時に「ネイルをして来る」ように依頼してリアル感を引き出しまし
た。なお、被験者が特定のタスクでテスト時間を使い切ってしまわないように、タスク 2
と 5 では「時間制限」を設けています。
- 3. 樽本徹也(著)『ユーザビリティエンジニアリング(第 2 版)』
無料追補版 #4 [2017.8.7 発行]
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■事例2:消える自撮り動画チャット「Winker」
【シナリオ】
あなたは友達から"見たら消える"動画メッセージアプリ「Winker(ウィンカー)」を一緒に
使おうとメールで誘われて、アプリをインストールしました。
・友達の名前:こうちゃん
・Winker ID:xxxxx
タスク 1 アプリを起動して、使い方の説明(チュートリアル)を見てください。
タスク 2 こうちゃんさんに「アプリ入れたよ」とメッセージを送ってください。
タスク 3 こうちゃんさんとメッセージのやり取りをしてください。(※こうちゃんさんか
ら「タスク 4 に進んでね」とメッセージが来たらタスク 3 の終了です。)
タスク 4 他の友人とも Winker を使うことにしました。あなたがこうちゃんさんから誘
われたのと同じように、今度はあなたが友達を Winker に誘ってください。(※
実際に誘わなくて大丈夫です。メッセージの場合は【送信】のボタンが見える
画面まで、SNS の場合は友達一覧が見える画面まで進んだ時点でタスク 4 終了
です。)
・友達の名前:xxxx
・友達のメールアドレス:xxxx@gmail.com
【タスクの解説】
言うまでもありませんが、メッセージアプリの最重要タスクは「対話」です。そこで、こ
のテストでは、被験者の「相手役」を務めるスタッフを別室に配置して、実際にメッセー
ジのやり取りを行いました。そして、そのメッセージの中で主要機能(画像送受信、編集
画像送受信、動画送受信)に関する「タスク指示」を被検者に出しました。なお、指示の
中には「自撮り」が含まれるので、被験者にはプライバシー保護のためにパーティ用の「マ
スク」を付けてもらいました。
タスク 3 のやり取り(タスク指示)の例
- 4. 樽本徹也(著)『ユーザビリティエンジニアリング(第 2 版)』
無料追補版 #4 [2017.8.7 発行]
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■事例3:グルメ Q&A アプリ「ペコッター」
【シナリオ】
今、仮に、あなたは来週、友達と夜ご飯に行く約束をしているとします。そして、「渋谷」
にある「ふんわりオムライス」の美味しいお店を探そうと思っているとします。
ちょうど、そんな時に、チャットしながらお店を探せるという新しいグルメアプリ「ペコ
ッター」を知ったので、試しにダウンロードしてみました。
タスク 1 アプリを起動して、ペコッターを使えるように初期設定をしてください。そし
て、準備ができたら、早速、お店を探す質問をしてみてください。
タスク 2 回答が届くまで、他の質問を眺めたり、自由にアプリを使ったりしてみてくだ
さい。
タスク 3 回答が届いたら、その中から、自分の希望に一番ぴったりなお店を選んでくだ
さい。その時に、どうして、そのお店が一番ぴったりだと思ったのか理由も教
えてください。
タスク 4 お店を教えてくれた人にお礼の気持ちを返してあげてください。
タスク 5 あなたが一番ぴったりだと思ったお店の情報を、友達にメール/Twitter/
LINE で知らせてください。(※投稿する直前で操作を中断して構いません。)
【タスクの解説】
このアプリの主要シナリオは「店を教えてもらう」「店を教えてあげる」の2つです。そし
て、今回は「店を教えてもらう」をテストしています。初見ユーザの標準的な行動プロセ
スは、1) 初期設定(プロフィール登録)2) 質問投稿 3) 情報閲覧&チャット 4) お礼 5) 共
有──なので、この各ステップをタスクとして順番に提示しています。ただ、ひとつ課題
がありました。それは、回答が届くまでの「待ち時間」です。もちろん、テスト用に特別
にスタッフを用意しましたが、それでも複数の回答を付けるためには数分を要します。そ
こで、敢えてタスク 2 を提示しています。通常、ユーザテストでは「自由に使う」という
タスクは不適切ですが、今回に限っては必要なタスクだったのです。(※「不適切なタスク」
については本編 p199 を参照)
- 5. 樽本徹也(著)『ユーザビリティエンジニアリング(第 2 版)』
無料追補版 #4 [2017.8.7 発行]
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■事例4:電力会社比較サイト「エネチェンジ」
【シナリオ】
あなたは電力会社を自由に選べるようになったことを知り、電力会社の切り替えに興味が
あります。そこであなたは、電力会社の比較ができる「エネチェンジ」というサイトを使
って、自分に合う電力会社があるかどうかを調べてみることにしました。
タスク 1 スマートフォンでエネチェンジを表示してください。
https://enechange.jp/
エネチェンジを使ってあなたのご家庭に合いそうな電力会社や料金プランを探
してください。
お願い:
・できる限り“本気で”探してみてください。
・気づいたことや感じたことは常に声に出すよう心がけてください。
・このタスクの制限時間は最大 15 分間です。
タスク 2 あなたのご家庭に合いそうな電力会社や料金プランは見つかりましたか?
・見つかった場合:
合いそうだと思った電力会社や料金プラン名を挙げて(複数可)、そう思った理
由を「なるべく詳しく」教えてください。
・見つからなかった場合:
検討した電力会社や料金プランが「合わない」と思った理由、または、「判断が
つかない」と思った理由を「なるべく詳しく」教えてください。
【タスクの解説】
事実上、このテストのタスクはひとつだけです。そして、そのタスク 1 にテスト時間の大
半を割り当てています。それは、このモバイル・ウェブサイトの役割が「電力会社の料金
プランの比較」に尽きるからです。ただ、被験者はそんな事情は知らないので “気を効か
せ”てタスクを早目に切り上げてしまうかもしれません。そこで、ここではタスク実行時
間を長めに誘導する目的で「制限時間」を提示しています。もちろん、「本気で」と指示す
れば本気になってくれるという訳ではありませんが、10 分以上かけて複数の料金プランを
比較しているうちに、被験者は徐々に「自分が得する料金プラン探し」に没頭し始めまし
た。なお、現在の電気料金と契約内容を正しく把握するために、被検者には直近の「検針
票」を持参してもらいました。
- 6. 樽本徹也(著)『ユーザビリティエンジニアリング(第 2 版)』
無料追補版 #4 [2017.8.7 発行]
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■事例5:ハイブリッド黒板アプリ「Kocri」
【シナリオ】
今、仮に、先生は職員室で授業の準備をしようとしているとします。今回は Kocri(コクリ)
を使って授業を行うことにします。
タスク 1 では、授業の流れをイメージして、Kocri で教材をレイアウトしてみていただ
けないでしょうか。先ほど(控室で)ご覧いただいた教材のサンプルデータを
ご利用いただいても結構です。なお、今回は 15 分以内で出来る範囲で作成して
みていただけないでしょうか。
タスク 2 教材が準備できたので、次は、授業のシミュレーションを行おうと思います。
今、仮に、先生は教室にいるとします。そして、プロジェクタと AppleTV の設
置を終えたところだとします(プロジェクタと AppleTV の接続は完了していま
す)。
では、Kocri を使って、今作成した授業の予行演習をしてください。
ぜひ、興味がある Kocri の機能を実際に試してみてください。
【タスクの解説】
これはユーザテストではありません。「弟子入りインタビュー( Contextual Inquiry )」です。
実は、下記のインタビューパートを 20~30 分間かけて行ってから、上記のタスク実行観察
パートを行っています。その理由は、このテストの被験者が「現役の小学校の先生」だっ
たからです。このような“プロフェッショナル”の場合、被検者とモデレータの間に“対
等”な立場は成立しません。通常のテストを行おうとしても、被験者の話す内容が理解で
きなかったり、的外れな質問をしてしまったりするでしょう。そこで、人類学に由来する
「師匠と弟子」という人間関係モデルを使って「モデレータが被験者に教わる」という状
況を構築しています。また、提示するタスクも非常に「オープン(被検者の自由度が高い)」
な内容です。(※「弟子入りインタビュー」については本編 p31~42 を参照)
Q1「今お勤めの学校について教えてください。」
・学校の規模はどれくらいですか?(1 学年のクラス数、全校生徒数)
・教職員の人数はどれくらいですか?
Q2「学校の ICT 環境について教えてください。」
・校内では、どのような機材やソフトウェアが利用できますか?(ノート PC、タブレット、
スマホ、プロジェクタ、大型モニタ、電子黒板、書画カメラ・・・)
・それらの台数はどれくらいですか?
・それらの機材やソフトウェアの利用頻度はどれくらいですか?
・それらの機材やソフトウェアを使って、教室でどのような授業を行うのですか?
Q3「ICT を使った授業の準備について教えてください。」
前質問で言及した ICT を使った授業の教材について、
・主にどこで作ったのですか?(職員室、自宅など)
- 7. 樽本徹也(著)『ユーザビリティエンジニアリング(第 2 版)』
無料追補版 #4 [2017.8.7 発行]
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・何を使って作ったのですか?(パワポなど)
・どのような手順で作ったのですか?(資料集め、予行演習など)
・所要時間はどれくらいかかりましたか?
Q4「Kocri についてうかがいます。」
・Kocri を知ったきっかけは何ですか?
・Kocri のどのような点に興味を持ったのですか?
・Kocri を授業の中でどのように使ってみたいと考えていますか?
なお、さらに専門的な内容のインタビューの場合、その分野の専門家に同席してもらうこ
とがあります。それでは“弟子入り”にならないように思うかもしれませんが、高度に専
門的な内容の場合は、少しくらいモデレータが予習したところで、専門家とまともな会話
ができるようにはなりません。そこで、専門家 2 人に対してモデレータ 1 人が弟子入りす
るという状況を作った方が、ユーザから多くの情報を引き出せるのです。
【備考】
「ユーザテスト Live!見学会」ではイベントの運営上、テスト設計に関して以下の制約条件
があります。事例5はユーザテスト Live!としては例外的な内容です。
・5 タスクまで。
・事前質問はなし、事後質問のみ。(タスクとして質問に回答してもらうことは可)
・動画撮影(タスク実行)は 15 分が目安(最大 20 分で打ち切り)。
また、テスト設計は、私(樽本)の監修のもとで、各アプリの企画開発者が行っています。
以上
■関連セミナーのご案内
ユーザテストの基礎理論と実務基本(リクルート、設計、観察/分析)を 1 日で学べるセ
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◎利用品質を向上する「UX/ユーザテスト集中講座(夏期)」
http://ptix.co/2uWh01D
開催日時:2017 年 8 月 26 日(土) 10:00-18:00
開催場所:株式会社メンバーズ 東京本社ラウンジ(中央区晴海)
受講料:通常チケット 24,000 円/1 名、ペア割引チケット 40,000 円/2 名