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科学と私たち、科学と⽂文化
内⽥田  ⿇麻理理⾹香
marika.uchida@gmail.com
科学コミュニケーション再考
ー理理論論と実践の両輪輪からー
新しい顔をした科学との再会
• 今までは、教科書や実験室でしか科学に出会
わなかった→「⾒見見える科学」
• 家事の失敗を通して、家事の中にも「⾒見見えな
い科学」が潜んでいることに気づく
• 科学を通して、⽇日常⽣生活を⾒見見る⽬目が変貌した
新しいメガネになりうる科学
視界が変わる
芸術、哲学、⽂文学、映画…
「好きな科学」と「苦⼿手な家事」を
組み合わせたウェブサイト
• 構想3ヵ⽉月
• 最初から書籍化するつもりで枠組を作った
• 家族を「⼩小さい研究所」の形式にする
• 既存の「科学系ウェブサイト」を徹底研究
→「どこにも似ていない、ニッチなサイトを狙う」
カソウケン(家庭科学総合研究所)
http://www.kasoken.com/
個⼈人で⽴立立ち上げたウェブサイト
2002年年〜~
2005年年
「カソウケン
(家庭科学総合研究所)へ
  ようこそ」
家庭の中の科学を探って解説
• マヨネーズが分離離しないのは?
界⾯面活性剤
• ダイヤモンドが美しいのは?
屈折率率率
• パスタを茹でるときに塩を⼊入れるのは?
たんぱく質の変性(諸説あり)
• 油汚れが油で落落ちやすいのは?
極性
科学を⽣生活の場⾯面から読み解く
サイエンス
コミュニケーション?
科学をめぐる様々なコミュニケーションの
ギャップを解消し、
科学と個⼈人、社会のよりよい関係を作り上げ、
持続可能な構築に貢献
問題意識識
• サイエンスコミュニケーションの実践
は多いのに「科学ファン」内側で⽌止ま
るのはなぜか?
• 遠くなってしまった科学を私たちの⼿手
に取り戻せないか?
⽂文化  ”Culture”  とは?
• ラテン語の  ”cultura”  ”cultus”に由来
• 耕作、世話、⽣生活習慣、教化、教養、祭祀
• 農耕→「魂の耕作」としての教養
• ⽇日本では、中村正道(1871)、⻄西周(1870)が翻訳
• ⻄西洋⽂文化を取り⼊入れたハイカラな意味(⽂文化住
宅宅、⽂文化⼈人)と⽣生活様式(農耕⽂文化、⽯石器⽂文化)
「科学を⽂文化に」というスローガン
サイエンスサポート函館(2008~∼)
http://www.sciencefestival.jp/support/
about_̲index.html
「科学を⽂文化に
:サイエンスアゴラシンポジウムの記録」
(2011)
「科学を⽂文化に」の意味
• 「『科学を科学者だけのものにせずに、⼈人間
社会全体の共有物にしよう』」(⾦金金澤  2011,  
p.5)
• 「⽇日常⽣生活の中で科学が語られて」(室伏  
2011,  p.  203)
⽂文化は「⽣生活様式」「⽣生活習慣」であったはず
なぜ、科学は「⽂文化」ではなくなったのか?
⼈人々の⽣生活からなじみがなくなった科学をどうすべ
きか
⽇日常⽣生活から分離離する科学
• 科学(と技術)が発達すればするほど……
• インフラ(⽔水道、電⼒力力、交通)は当たり前
• 携帯電話:量量⼦子⼒力力学などを元にしているのに
気にすることなく使っている
• アナログの時計のような「機械」らしさもない
『⼆二つの⽂文化』(1959)
• チャールズ・スノーの
講演を元に、1963年年に
出版
• ⽂文学的知識識⼈人  vs  科学者
• お互いの知識識を同等に
扱わず、⼆二つの⽂文化の
間に断絶
⽂文学的知識識⼈人←→科学者(物理理学者)
お互いの敵意と嫌悪の溝が隔てている
⽂文学的知識識⼈人のうち何⼈人が、物理理学の第⼆二法則につ
いて説明できるか?
「あなたはシェークスピアのものを読んだことがあ
るか」と同等の質問なのに
⼤大きな議論論を巻き起こす
当時の英国&スノーの背景
• なぜスノーは⽂文学的知識識⼈人に敵愾⼼心をむき出
しにしたのか?
• コリーニ(1998=2011)の解説
• 英国の⼤大学の特権階級社会
• ⽂文学的知識識⼈人が「科学」を⽂文化として認めな
かった
当時の英国&スノーの背景2
• スノーの出⾝身:中産階級下層部
と、労働者階級上層部の間
• 元は科学者。科学のある論論⽂文で
失敗
• ⽂文学者として成功を収める。政
府の要⼈人
• 現在、⾃自分が属することになっ
た、⽂文学的知識識⼈人の陣営から警
鐘を鳴らした
スノーの功罪
功績:科学を⽂文化の位置に押し上げた
副作⽤用:科学とそれ以外の⽂文化の断絶を可視化した
「古典」となった「⼆二つの⽂文化」
• 「『⼆二つ』の⽂文化」という数にこだわった
(他の⽂文化は?)
• 理理系側の優越感は得られたが、それ以外の⼈人たちの
反発を強めた
• ⽂文系/理理系や、科学/社会、というお決まりの⼆二分
法。問題点を松本(2009  p.  23)が指摘。
(例例えば、リスク問題は、当事者、利利害関係者、第
三者など様々なアクターがいる)
• 科学だけを切切り離離すことは、科学を特別視して孤⽴立立
させる
「あなたは科学技術のニュースや話題に興味や関
⼼心がありますか?」
(科学技術と社会に関する世論論調査)
「あなたは科学技術のニュースや話題に興味や関
⼼心がありますか?」
(科学技術と社会に関する世論論調査)
科学離離れではなく、科学嫌い?
• 進化⽣生物学者のダン
バー(1990)著
• 実感に基づく、著者の
仮説
• 当時の英国
『科学がきらわれる理理由』
• 地動説を証明したガリレオがきっかけ
• ニューエイジ神秘思想の系統は、反科学
• 反進化論論として「創造論論」がはびこっている
• 病気やストレスから⾝身を守ってくれないように⾒見見える
• 科学そのものが、⻄西洋⽂文化帝国主義や資本主義の副産物
• 環境⾯面の破壊
• ⽣生命を操作する科学への恐れ  
• 科学の冷冷たい理理論論は、⾳音楽や美術や⽂文学を消し去るだろう  
実感に合わないから?
「科学はすべての⼈人のために存在する」
• 進化⽣生物学者で、⽶米国の⼈人
気エッセイスト、S.J.グー
ルド(2003=2008)
• 科学を特別視する⾵風潮に疑
問
• 「⾳音楽はプロの演奏家でな
くても理理解できるのに、科
学を理理解できるのは研究者
だとなぜ決めつけるのだろ
うか」(p.  84)
専⾨門家ではない、科学の実践者
• ⽔水⽣生⽣生態学に詳しい、熱帯⿂魚愛好家。男性ブルーカ
ラー労働者
• 園芸愛好家。中産階級の⼥女女性に多い
• バードウォッチング、エコツーリズムを楽しむ上流流
階級
• 天⽂文学を学び、同好会を結成する天⽂文ファン
• 確率率率統計の知識識を会得しているポーカーの名⼿手
• 恐⻯竜の知識識に詳しい、アメリカの⼦子供たち
そもそも、⽂文化とは?
• 「『科学』は数多い⽂文化活動の⼀一つにすぎ
ず、世界に対する社会の態度度の現れでもあ
り、その芸術ないし宗教でもあり、そして同
時に政治や倫倫理理性の基本的な問題と不不可分で
ある」(コリーニ  1993=2011,  p.  163)
ウィリアムズの⽂文化概念念から解釈する
レイモンド・ウィリアムズ
• 英国の⼤大学⼈人、⼩小説家・評論論
家
• 労働者階級出⾝身の、ケンブ
リッジ⼤大学卒
• ニューレフト(新左翼)と呼
ばれる
• カルチュラルスタディーズの
始祖として著名(⽂文化⼈人類学
などの源泉)
スノーとウィリアムズ
• ⼆二⼈人とも、上流流階級出⾝身ではないが、ほぼ同
じ時期に、ケンブリッジ⼤大学卒
• スノーは階級社会に⾝身を置いて、論論戦を張っ
た
• ウィリアムズは、エスタブリッシュの中⼼心に
同じくいながら、マイノリティの側に⾝身を置
く
• ウィリアムズは階級社会に対抗する:ハイソ
サエティを好まない
既存の⽂文化観
• ケンブリッジ⼤大学でのティータイムの違和感
から⽣生まれた、ウィリアムズの⽂文化の再定義
1. 理理想:普遍的な価値に基づき、⼈人間の完成さ
れた態度度へ向かう
2. 記録:知性と構想⼒力力を働かせて作られたもの
の全体。⼈人間の体験等、様々な姿が記録され
ているもの
上記、2つとも「いわゆる⾼高尚で伝統のあるもの」
ウィリアムズの「第三の⽂文化」
• 「社会⽣生活のあり⽅方」→⽂文化の概念念を拡張
(⽂文化とはごくふつうのこと)
• “culture”のラテン語の語源にも近い:魂の耕
作としての、「⽣生活習慣」
• ハイカルチャーだけを⽂文化としなかった
⽂文化は「創造する働き」
• 「芸術家は主として『感情』を通して(現
実)を探る者であって、科学者はそれに⽐比べ
ると『理理性』を通して探るもの」(ウィリア
ムズ  1965=1983,  p.19)
• 芸術も(科学も)、創造としての発⾒見見とコ
ミュニケーションとして、芸術などを⽇日常⽣生
活に繋げる
芸術を⽇日常⽣生活から
切切り離離すことの弊害
• 「コミュニケーション(相⼿手が受け取ること
も、⾃自分が応答すること)は、独⾃自の体験を
共通の体験にする過程」(ウィリアムズ  
1965=1983,  p.40)
• ばらばらになったわれわれを回復復させるため
には、コミュニケーションの有効な⼿手段。政
治や芸術だけを別の秩序とすることは、致命
的に間違っている。
「社会⽣生活のあり⽅方」としての⽂文化
• 政治、芸術、科学、宗教、家庭⽣生活……全て
同じ⽂文化であり、単に部⾨門(category)が別な
だけ。
• 例例えば、政治を切切り離離すと傷を負う
• 同じ過程は、経済、科学、宗教、教育に⾒見見て
いるだろう
→スノーのように、科学を称揚するために⽇日
常⽣生活から区別することはしない
科学を相対化してしまうの?
• 「科学は⽇日常のものではないか」…科学は⾃自
然のなりたちの秘密を解き明かす、特別な秩
序体系では?
• 現代の分断した科学と他の分野の対⽴立立を、相
対化するために必要な視点と考える
• ウィリアムズの視点は、カルチュラル・スタ
ディーズを作り、マイノリティの⽂文化に⽬目を
向ける契機となった
⼤大森荘蔵(1921­−1997)
• ⽇日本の科学哲学者
• 多くの弟⼦子を輩出した(野家啓⼀一、野⽮矢茂
樹、中島義道ほか)
• ⽇日本の科学哲学の⼀一⼈人者のひとり
• 「⼤大森哲学」「全⾝身哲学者」
⽇日本の⼟土壌で
科学コミュニケーションを再考する
• 『知の構造とその呪縛』(1994)
• 「ややもすれば⽇日常⽣生活から遠く離離れて難解な学
問と誤解されがちな⾃自然科学を、実は⽇日常的な常
識識に密着して展開された『より精しいお話』とし
てみることである」(⼤大森  1994,  p.9)
• 欧⽶米からの借り物の科学コミュニケーションを、
⽇日本の論論者の議論論から再考したい
「死物化した現代科学」
• ⼤大森:『略略画化』…常識識、『密画化』…科学
• 密画化した現代科学は、ガリレイらの「科学⾰革
命」にさかのぼる
• デカルトの⼆二元論論を批判:⾊色、⾳音、匂いのような
感覚的世界を、主観と客観に区別して「死物化」
させた
• フッサールの科学批判:数学化のため
科学から離離れていく私たち
• 死物化した科学→「すべては⼈人間に無関⼼心に、⼈人間と
は無関⼼心に進⾏行行する」(⼤大森  1994,  p.9)
• 多くの⼈人々の「科学嫌い」は、感覚世界が奪われた世
界だからではないか?
• ⼩小学校・理理科の学習要領領「⽇日常⽣生活と関連づけて考察
する態度度を育てる」
• 中学校・理理科の学習指導要領領「⽬目的意識識を持つこと」
が強調される→エネルギー、電流流、磁界、イオンなど
• 理理科好きの⽣生徒:⼩小学校5年年は7割以上→中学3年年では
半分以下
⼤大森の「⼆二元論論的世界観」の否定
→重ね描きへ
• 略略画的世界観は、密画的世界観と両⽴立立
• ⼗十⼈人⼗十⾊色の「主観」でさえも、「ワイン⾃自⾝身
の特質」「演奏⾃自⾝身の特質」
• 略略画的世界観に、密画的世界を重ね描く(え
がく)
• 重ね描きによって、現代科学を修正
重ね描きの概念念は⼤大きなヒントだが、ラディカル?
逆の「重ね描き」を
科学コミュニケーションに応⽤用
• ⼤大森:略略画的世界観に密画的世界観を重ね描
きして、現代科学を修正
• 密画的世界観に、略略画的世界観を重ね描くこ
とはできないか?
• 精しくなりすぎた科学を、私たちの⼿手に取り
戻す→科学を⽂文化に
例例:界⾯面活性剤
• ⼀一つの分⼦子に親⽔水基と疎⽔水期がある
• 液体の表⾯面張⼒力力を低下させる
• 疎⽔水期が油と接触し、⽔水中に分散してミセルを形成
• ⾒見見せるが形成された状態を乳化
• パスタのゆで汁が汚れ落落としに使えるのは、界⾯面活性剤が
⼊入っているから
• パスタソースを作るときにゆで汁を⼊入れるのは、油分の多
いソースと乳化させるため
• 抹茶茶が泡⽴立立つのは、サポニンが⼊入っているから
キメラ(密画化)
• 複数の異異なった遺伝⼦子情
報などをもつ⽣生物を「キ
メラ」と呼ぶ
• 再⽣生医療療では、万能性を
証明するためにキメラマ
ウスを作る
• ⾊色のあるマウスからES細
胞を作り、内部細胞のな
い受精卵卵に注⼊入すると、
まだらのマウスが誕⽣生す
る。
• 再⽣生医療療では、キメラを
作ることが必須
キメラ(略略画化)
• 「源平咲き」
• 梅、ツツジ、モモなどで、⼀一本の⽊木から紅⽩白の花が
咲く
• ⾚赤⾊色に発⾊色するはずの⾊色素が働かない、キメラ
例例:⾮非線形数学
• 振動⼦子や同期現象は数学では難しい
• カエルの合唱やホタルの明滅:
周期を持って運動するもの→振動⼦子
カエルの合唱やホタルの明滅は同期現象
まとめ
• 「科学を⽂文化に」は、私たちの⼿手に科学を取
り戻すこと
• 現在は、科学と他の分野は分断している
• ウィリアムズ「⽂文化は社会⽣生活のあり⽅方」
• ⽂文化が同⼀一線上にあるならば、⼤大森の「重ね
描き」のアイディアが使えるのではないか
⾒見見える科学も、
⾒見見えない科学も、
私たちは楽しめる
科学は⽂文化になり得る

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