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「こんな格闘ゲームがやりたい」
初心者でも楽しめる格闘ゲームへの提案
福原和朗 ∗

2013 年 12 月 3 日

概要
本文書は格闘ゲームへのルール提案です。プレイヤーのクラス分けにおいて、最初のクラスを簡素なルー
ルにし習熟度によって段々高度にしていけば、初心者狩りをなくし上手な人でも下手な人でもそれぞれ楽し
めるのではないかという内容です。
キーワード:格闘ゲーム, 初心者狩り, 初心者狩り対策

1 解決したい問題
格闘ゲームが好きだ。単純に試合に勝利することの喜び。練習をし、場数を踏み、ルールを理解し、そうし
た困難を克服して得られた勝利の喜び。平時でも極限状況でも相手に読まれないように動作がワンパターンに
ならないように心がけ、相手の狙いを予想しながら激しいストレスを感じながらいつ裏をかくかタイミングを
はかり、ここぞという瞬間に期待心とわずかに折れた心を感じながら技を出す。
自らのファイトスタイルに誇りを持ちまた同時につい安易な技を出してしまう己の未熟さにため息をつく。
相手の狙いの安易さと腕の悪さに憤る。相手の超絶テクニックと読みの深さに尊敬の念を抱く。あるときは実
力画伯した相手との読み合いが互いに煮詰まることもあり、またある時はお互い冷静さを欠いてグダグダの戦
いになることもある。そういう相手に親近感を覚えることもある。そこにドラマがある。
格闘ゲームはかように多彩な感覚を提供する、魅力ある最高の娯楽だ。
しかし、このようなエクスペリエンスに至るまでの道のりは決して短くない。あまり時間の取れないプレイ
ヤーの場合、複雑化したゲームルールを覚えきるのに彼が思ったより長い時間を要する。さらに人間相手の実
際の対戦であるがゆえに自分よりやり込んでいる相手が常に居て、瞬く間に KO されてしまう。未熟であるの
で負けるのは当然だがどう対策をすればよいのかわからないままに負けるので上達しない。プレイ代だけが無
為に吸い上げられていく。いわゆる初心者狩り・わからん殺しという状況が発生してしまう。
この状況は改善できないだろうか?格闘ゲームの魅力はあるのに多くの人がそれに触れることもなくやめて
行ってしまう。結果、一部の上級者のみがプレイするものになってしまう。個々のやりこみや習熟度に差があ
ることで勝敗数に差が出るのはやむを得ない。技量を積んだものが勝利するのは自然なことである。しかし一
方的な試合内容によって初心者の学習コストが高騰する構造は不自然である。ここを改善できないか?ゲーム
の開始時期による世代間格差を無くしたいのだ。

∗

https://twitter.com/kazurof この作品はクリエイティブ・コモンズ表示-継承 4.0 国際ライセンスの下に提供されています。

1
ゲームによっては対戦履歴によるマッチングを行い、同レベルのプレイヤー同士で対戦するようになってい
る。しかしそれでも対策としては不十分で、上級者は最初からやり直すことなどで対戦履歴を消し簡単に初級
者のふりをしてプレイすることが出来る。問題の解決になっていない。
本文書では、初心者でも上級者でもどのような習熟度でも等しく格闘ゲームの楽しさを感じられるような
ゲームシステムを提案したい。インターネット上を探す限り類似のアイデアは議論はされていないようであ
る。このアイデアをは各メーカー内部ではとっくの昔に議論されて棄却されているのかもしれない。しかし人
目に触れる場所に出て来ていないというのもなんとなく腑に落ちない。
そのような思いから本文書を公開した。この内容は実際にゲーム開発を行ってアイデアを実証したわけでは
ないが、誰かに読まれることがあれば幸いである。

2 提案趣旨
本文書では格闘ゲーム一般に通用するシステムを提案したいが具体例を使った説明をしたいため、便宜上ド
ラゴンボール ZENKAI バトルロイヤル *1 を具体例として説明する。以下ドラゴンボールと略記する。他の
格闘ゲームでも適用は可能である。
ドラゴンボールでは対戦成績によりプレイヤーをマッチングクラスに分けている。そこで、一番最初のクラ
スである E3 の下に新たなクラスを導入する。便宜的に初心者クラス 1, 初心者クラス 2, 初心者クラス 3,... ,
初心者クラス n と命名する。初心者クラス 1 が一番下のクラスである。初心者クラス n が E3 の手前のクラ
スであるとする。

2.1 初心者クラス 1
初心者クラス 1 はゲームルールを可能限り単純化する。究極的には初心者と上級者 *2 の対戦であっても勝
率 50 % になるゲームルールを目指す。具体的には以下のとおり。

• ボタンは打撃とガードとスタートボタンのみ。他のボタンは受け付けない。
– 気弾、ジャンプ、ターゲット切り替えは押しても何も起きない。
– スタートボタン(挑発)はあり。
• ハードアタック。気爆破。必殺技。マルチカウンター無し。
• レバー入れ技はなし。
• レバーは前後のみ。左右の操作は受け付けない。
• ステップ無し。
• ステージはこのクラス用の特別のステージとする。壁なし。障害物なし。床破壊のギミックなし。
• 選択できるキャラクターは悟空のみ。
• 全国対戦では 1 対 1 の勝負のみ。バトルロイヤル・チーム戦なし。
• コンボは 3 発程度で終わるようにする。
戦闘の要素としては、打撃投げガードの 3 竦み、技のリーチと出すタイミングがあるだけとなる。初心者に
以下のようなエクスペリエンスをさせることが狙い。
*1 http://db-zenkai.com/
*2 公式サイトのランキング http://db-zenkai.com/ranking/index.php に名前を出すレベル

2
• 各技の性質やルールを素早く理解してもらう。
• 戦闘で起こりうる展開・状況を素早く理解してもらう。
• 必勝の戦い方は存在せず、ルール理解が進めば読みの要素が大きくなることを体感してもらう。
• 最終的に煎じ詰めれば、勝負は時の運であることを理解してもらう。
これは格闘ゲームをやりこんでいる上級者が最終的に感得することとほぼ同じである。異なることはこの段
階に辿り着くまでに積み上げたやりこみと体験の量である。感動の量も違うかもしれない。ゲームルールの複
雑度や個人の素質によってこの段階に達するまでの時間が異なるが、いずれにせよこうなる。これと同じこと
を初心者に早めに伝えて、1 個 1 個の勝ち負けについて達観してもらうことが狙いの一つ。
さてこれほどまでに単純なルールである。奥の深さがあるわけでもない。慣れてしまえば初心者であっても

*
既に飽きている段階となる。実際上はほぼジャンケンのようなもので面白いというものではない。 3 ここまで
慣れてもらった時点で初心者クラス 2 に昇格してもらう。
(昇格の条件判定は色々考え方がある。一定の戦績
でもプレイヤーの選択でもよい。
)

2.2 初心者クラス 2
初心者クラス 2 は初心者クラス 1 に対して以下の要素を加える。

• 前後左右斜めの全方位に動けるようになる。
• ジャンプ、舞空術、ホーミングダッシュ、ホーミングダッシュからの攻撃が出来るようになる。
• 壁・高低差・水中が存在するステージを導入する。
これ以外はクラス 1 と同じである。動きは自由になるが、壁や高低差がついて相手が直接見えないというシ
チュエーションが入る。
このクラス入った直後は新要素が理解できなくて負けてばかりかも知れない。しかしそれなりにやりこめば
誰と誰が対戦しても勝率 50 %前後に落ち着くはず。
(そのようにルール追加量を調整する。
)ルール、対人戦
においてお互いにやりがちな行動、状況判断として見るべき事象が理解されれば最初にやられっぱなしでも次
第に五分の勝負ができるようになる。しかしいずれ飽きが来る。その頃を見計らって、初心者クラス 3 に昇格
してもらう。

2.3 初心者クラス 3
初心者クラス 3 は初心者クラス 2 に対して以下の要素を加える。

• 気弾が使える。
• 気爆破が使えるようになる。
• 打撃コンボは全て使える。但し 4 発目以降を入れると与えるダメージが減る&相手の気爆破ゲージが急
増加する。

• バトルロイヤルを導入する。ターゲット切り替えボタンが使えるようになる。
• ベジータが使えるようになる。但しベジータ対悟空で対等の強さになるように調整する。

*3 感覚は人それぞれであることにはここでは触れない。

3
このクラス入った直後は新要素が理解できなくて負けてばかりかも知れない。しかしそれなりにやりこめば
誰と誰が対戦しても勝率 50 %前後に落ち着くはず。
(そのようにルール追加量を調整する。
)ルール、対人戦
においてお互いにやりがちな行動、状況判断として見るべき事象が理解されれば最初にやられっぱなしでも次
第に五分の勝負ができるようになる。しかしいずれ飽きが来る。その頃を見計らって、初心者クラス 4 に昇格
してもらう。

2.4 初心者クラス 4 とそれ以降
以上のように昇格する毎にルールを少しづつ増やしていく。使える技・操作・キャラクタ・ステージ・試合
の形態 (チーム戦・究極バトルロイヤルなど) を順次導入する。最後に、全てのルールとキャラクタが入った
クラスを E3 とする。

2.5 まとめ
シンプルに言ってしまえば、
「最初のゲームルールを簡単なものにし、クラスが上がるごとに徐々に複雑な
ものにしていく。
」ということである。大量のルールを全て一気に理解・体得することは難しいが、少しづつ
理解することなら簡単になる。
このシステムでは (1) ルールと試合で発生しうる状況の理解 (2) 理解した内容の実践 (3) 達成感 (4) 勝った
り負けたり感、倦怠感 (5) 昇格 (1’) 新たなルールの理解 (2’) 実践、、というサイクルを回していくことにな
、
る。プレイヤーに格闘ゲームの魅力を少しづつ伝えながらプレイしてもらえる。
サイクルを回す中で、勝敗数よりも自分なりに取り組んで高度な試合も戦える様になることでプレイヤーに
成長を感じてもらえるようになる。これがプレイヤーのやりがいにつながる。

3 周辺の議論
3.1 下位狩り対策
この仕組みは下位狩り対策として有効である。なぜなら初めてゲームをプレイする者や昇格直後のプレイ
ヤーが身に付けるべき知識・経験量を、そのゲームのすべてのルールでなく、一部のルールへと低減している
からである。少量のルールであれば、昇格直後のプレイヤーでも比較的少ない練習量でルールと発生しうる状
況をすべて体験できる。結果、初心者狩りで使われるテクニックを破る手段もすぐに身につくからである。昇
格直後プレイヤーでも短時間で対等な戦闘ができるようになる。
また、初心者クラスは初心者狩りをするプレイヤーから見ると全ルール適用を前提とした知識・経験が全く
発揮できない状況となる。お気楽簡単に初心者狩りをすることはできない。何故なら技が出せないからであ
る。長時間続き初心者のやる気をなくさせなおかつ大ダメージを与える連続技、上級者だけが知る攻撃可能タ
イミング、上級者だけが体験した状況など上級者ならではの知識と経験を初心者狩りをするプレイヤーは大量
に持っているだろう。しかし昇格直後プレイヤーに対してそれを行使することはできない。ルールが制限され
ているからである。複雑なルールの組み合わせによる状況は発生しないからである。このクラスにおいてそれ
らは全く無意味な知識・技量・経験であり、上級者の今までの努力を否定するものである。上位クラスの多彩
な技と操作に慣れたプレイヤーは初心者クラスでは不自由とストレスを感じるだろう。結果、初心者狩りの発
生を抑えることが出来る。

4
3.2 上級者へのメリット
本文書では初心者向けのアイデアを提案しているが、これは同時に上級者にもメリットがある。
初心者向けのクラスを作り初心者にその範囲で遊んでもらうなら、上級者向けのクラスではそのクラスでの
ルールを導入できる。すなわち上級者のやりこみに応えられるような高度で複雑なルールを導入できる。
現在の上級者同士での対戦でも究極的に行き着く先は偶然の要素が大きくなる。これ以上知識、技量、経験
を重ねても上手にはならないのだ。それは初心者クラス1で大多数が体験するように、ルールが単純すぎる
から。
上級者からみると現在の格闘ゲームの複雑さでも複雑でない。やり込みきれてしまい、あとは運の要素だけ
が残る。勝負においては大部分を運が決めるようになり、あとは対戦相手の微細な心のくせを見ぬく要素だけ
が残る。眼前の相手だけに特化した人読みの技術だ。各人が高めた誰にでも発揮する一般的な実力は勝負に影
響しなくなる。
なぜそのようなルール調整になるか?それは初心者・中級者を含めた大多数の一般的なプレイヤーがついて
これなくなってしまうからだ。プレイヤー層が制限されてしまう。メーカーにとってこれはできない相談で
ある。
しかし一般的なプレイヤーそれぞれの力量の層へのサポートがされていれば、上級者へは上級者向けのルー
ル作成ができる。それは上級者のやりこみ、向上心、鍛錬に応えることができるだろう。強くなったものがそ
の日の運ではなく実力で評価される。
「まだまだやり込むことができる。まだ研究と努力を反映させる余地が
ある。まだ偶然に頼らずに強くなれる。
」そのことが上級者の心をつかむだろう。

3.3 初心者クラス 1 は悟空でなくてもよい
初心者クラス 1 では悟空のみ選択可能とし、ベジータはクラス 2 から利用可能とした。ベジータも他のキャ
ラクタも選べるようにすることは可能である。初心者クラス 1(悟空)、初心者クラス 1(ベジータ)、初心者クラ
ス 1(クリリン)、... といったように、全キャラクター毎の初心者レベル 1 を設定すれば良い。同キャラ対戦か
ら開始するので取っ付きは良いはずである。相手が出来る動作は自分も出来ることなので学習効率も高い。別
のキャラクターとの対戦は、昇格時にクラスを一緒にする形にすれば良い。いずれ全キャラクターが合流 *4
するようになる。この場合の欠点は用意するクラスが増える分開発コストが増えるということである。

4 おわりに
私はプレイヤーに「自分は成否の線上にいる」という感覚を与えたいと考えた。
「努力してもしなくても結果
は一緒。何もしてもしなくても結果は一緒」だと人間は動かないどころか興味を持たない。自分が関わった、
自分がやったという感覚を受けないからである。当事者感覚がなくなるからである。どんなに試合で負けて
も、
「この勝負は負けたけど、ここをこうすれば次勝てるんじゃね?」ということを自然と考えられるような仕
組みを作れないかと考えた。このことがプレイヤーの興味を惹き試合への想像力をかき立てることでしょう。
こんな格闘ゲームがやりたいです。願わくば、格闘ゲームの企画を考える方に本文書が読まれますことを。

*4 仮にクラスとその関係を図示したら木構造になるはずである。

5

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