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予防接種
医療関係者としての基本的理解
2012. 5. 30
小児科 小松 充孝
Version 1.0
2012年度 感染対策委員会 職員研修
本日、お話すること
• ワクチンってなんだろう
• ワクチンの効果と副反応
• 定期接種と任意接種について
• 医療関係者としての予防接種
Introduction
• 2000年、小松は志高く小児科医になりま
した
• 2000年はまだまだ麻疹が流行
• 麻疹は“はしか”とも言いますが、“命定め”
との別名もあります
• しかし麻疹のワクチン接種率は散々たる
ものでした・・・
麻疹の怖さ
• 2000年の冬、麻疹で入院となった7歳の
女の子の担当になりました
• 麻疹の気管支炎、中耳炎で入院になった、
かわいらしい女の子
• 入院数日後から意識が低下し始め、麻疹
による脳炎と診断
• 懸命な治療を行い、命は助かりました
が・・・
• 重度な後遺症が残ってしまいました
ワクチン接種は??
• 女の子は3人姉妹の真ん中
• 上・下の子はワクチン接種は済んでいた
ので、麻疹の発症なし
• この子は,,,接種されていませんでした
• 泣き崩れた両親の姿が忘れられません
– 『先生、この子はワクチンを接種していれば、
こんな事にはならなかったんですか?』
– 『これは私たちの責任だ・・・』
麻疹脳炎って稀なの??
• 1990年に米国でおきた流行時のデータ
– 全ての合併症率 22.7 %
– 下痢 9.4 %
– 中耳炎6.6 %
– 肺炎 6.5 %
– 脳炎 0.1 %
– 死亡 0.3 %
CDC. Measles--United States, 1990. Morb Mortal Wkly Rep 1991; 40:369
こんなこと出来ますか?
http://frefre-akagumi.asablo.jp/blog/2012/03/04/6359415
1000回に1回、頭をかする
1000回に3回、頭を貫通
• ワクチンってなんだろう
• ワクチンの効果と副反応
• 定期接種と任意接種について
• 医療関係者としての予防接種
この人を知っていますか?
Edward Jenner
• イギリスの医学者
• 1796年、天然痘ワク
チンを開発
• 1798年、発表
• 1958年、WHO世界天
然痘根絶計画
• 1980年、天然痘は根
絶
• 天然痘って??
– 天然痘ウイルスによる
感染症
– 非常に強い感染力
– 致死率は諸説あるが
40%前後
– 時に国や民族が滅ぶ遠
因となることあり
– 世界中で不治、悪魔の
病気と恐れられていた
予防接種とワクチン
• 予防接種
• ワクチンを接種する
医療行為のこと
• ワクチン
• 予防接種に使う薬液
のこと
細菌とウイルス
細菌
• 自分自身で生活できる
• 他の生物に寄生する必要はない
• 抗菌薬の効果あり
• 例
• 肺炎球菌
• Hib
• 百日咳
ウイルス
• 自分自身で生活できない
• 他の生物の細胞に寄生して、増殖
• 抗菌薬の効果なし
• 例
• インフルエンザウイルス
• 麻疹ウイルス
• 風疹ウイルス
• 水痘ウイルス
ウイルスに対するワクチン
生ワクチン
(ウイルスが生きている)
不活化ワクチン
(ウイルスの一
部)
不活化ワクチン
(人工的な抗原)
感染性:あり
感染性:なし
細菌に対するワクチン
不活化ワクチン
トキソイド(毒素)
多糖体、菌体成分
(細菌の一部)
生ワクチン
• ウイルス、細菌の成分をそのまま使用し、弱
毒化
• 通常1-2回の接種で免疫をつけることができる
• 軽い感染を起こすことが稀にある
• 例
– 麻疹ワクチン
– 風疹ワクチン
– 水痘ワクチン
– ムンプスワクチン
– 経口ポリオワクチン など
不活化ワクチン
• ウイルス・細菌の成分・毒素などを不活化し
たもの
• 複数回(通常3-4回)の接種を必要とする
• 感染性はない
• 例
– DTP(3種混合)ワクチン
– Hibワクチン
– 肺炎球菌ワクチン
– B型肝炎ワクチン
– インフルエンザワクチン
– 日本脳炎ワクチン など
• ワクチンってなんだろう
• ワクチンの効果と副反応
• 定期接種と任意接種について
• 医療関係者としての予防接種
出鱈目本
• 小児科医として、絶対に納
得できない事が書いてある
【目次から】
• 無理をして打たなくてもい
いワクチン
– 百日咳ワクチン
• このワクチン、本当に必要
ですか
– Hibワクチン・肺炎球菌ワク
チン
百日咳
• 生後6ヵ月以内は重症
化
• 特に早産児とワクチ
ン未接種児は重篤
• 死亡率
• 生後2ヶ月未満では
1%
• 2-11ヶ月では0.5%
未満
Hib
• 日本の小児髄膜炎の
原因第1位
• 1994年、5歳未満の
10万人当たり9.4人の
発症
• 全国で毎年約600人
• 髄膜炎
• 死亡率:5%
• 後遺症:30%
肺炎球菌
• 日本の小児髄膜炎
の原因第2位
• 血清型が90種以上
ある
• 髄膜炎
• 毎年小児で約
200人
• 死亡率:10-
15%
• 後遺症:30-
40%
28th edition, Red book 2009
ワクチンの効果 -百日咳-
百日咳ワクチン
百日咳・ジフテリア・破傷風
混合ワクチン
http://idsc.nih.go.jp/iasr/18/207/tpc207-j.html
ワクチンの効果 -Hib感染症-
• 米国
–1988年、ワクチン開始
(1987年: 41人/10万人)
–1993年、95%以上減少
(1997年: 1.3人/10万人)
MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 1998 Nov 27;47(46):993-8.
ワクチンの効果 -肺炎球菌-
• 米国
– 2000年、ワクチン開
始
– ワクチンに含まれる
血清型は激減
– ワクチン接種してい
ない65歳以上でも、
侵襲性肺炎球菌感染
症は減少している
⇒Herd immunity
(集団免疫)
5歳未満
65歳以上
JID 2007; 196:1346
Herd immunity (集団免疫)
• 集団の免疫を高めること(ワクチン接種など)
によって、感染症の流行そのものを減らす
– 肺炎球菌ワクチン
– Hibワクチン
– 麻疹ワクチン、風疹ワクチン、水痘ワクチン な
ど
• Cocoon strategy (コクーン戦略)
– コクーンとは蚕のマユのこと
– ワクチン接種が出来ない小児を守る為、周りにワ
クチン接種を勧めて感染から守ろうとする考え
つまり・・・
免疫
あり
免疫
不全
免疫
なし
感染
Herd immunity
免疫
あり
免疫
不全
免疫
なし
感染
基本再生産数(R0)と集団免疫率
• 代表的な感染症の基本再生産数と集団免疫率
H=(1-1/R)×100, Epidemiologic Reviews 15;265,1993(一部改変)
感染症 基本再生産数(R0) 集団免疫率(H)
麻疹 12-18 83-94
風疹 6-7 83-85
流行性耳下腺炎 4-7 (10) 75-86
ポリオ 5-7 80-86
百日咳 12-17 92-94
ジフテリア 6-7 85
水痘 10 90
インフルエンザ 3-4 75
でも副反応だってあるでしょ?
• もちろんあります!! 無い訳ないんです
• ですがその多くは軽微なもの
– 発赤、腫脹、硬結、疼痛
– 発熱
– 不機嫌
– 発疹 など
• 重篤なものも稀ですがあります
– ショック
– ポリオワクチンによるポリオ発症 など
リスクの考えかた
• ここで質問
– 車に乗ってる時、交通事故のことを考えてい
ますか?
– 自転車で病院まで来た人、ヘルメットをか
ぶってきましたか?
– 質問の意図・・・
• リスクの認識?
• メリット・デメリットのバランス?
• 対処法の選択?
ワクチンのメリット・デメリット
経口ポリオワクチンを例にしてみんなで考えよう
• ワクチンってなんだろう
• ワクチンの効果と副反応
• 定期接種と任意接種について
• 医療関係者としての予防接種
定期接種と任意接種
定期接種
• Hibワクチン
• 肺炎球菌ワクチン
• 4種混合(DPT-IPV)
• BCG
• 経口ポリオワクチン
• 麻疹・風疹ワクチン
• 水痘ワクチン
• 日本脳炎
• 二種混合(DT)
• HPVワクチン
任意接種
• ロタウイルスワクチン
• B型肝炎ワクチン
• ムンプスワクチン
• インフルエンザワクチン
ところで任意接種って大切??
• 任意ってことは・・・
– 接種したい人が打てば良いんでしょ
– 定期接種に比べて大切では無いから任意で
しょ
– そもそも医者もたいして説明してくれない
し・・・
– 必要なの?
– お金かかるし・・・
– 製薬会社のお金儲けのためにあるんでしょ~
えっ
Σ (゜o゜III)
そんな事ないんですが・・・
(^_^;)
任意接種ワクチンの重要性
• 水痘(H25定期化)⇒ブツブツが出るだけ?
• ムンプス ⇒おたふく顔になるだけ?
• こんなこと考えている人、いませんか??
水痘
• 免疫が正常な小児がかかれば、水疱~痂
皮が出来て治る人が大多数ですが・・・
• 特に問題になるのは
– 妊婦
– 新生児
– 大人
– 免疫不全者(化学療法中、ステロイド使用な
ど)
– 慢性的な皮膚疾患
妊婦の水痘感染
• 妊婦の水痘初感染は稀だが、発症すると
重症化しやすい
– 肺炎:10-20% (この内3-14%は死亡)
• 先天性水痘
– 妊娠20週までに水痘に感染すると2%に発症
• ~12週まで:0.4%、13~20週:2%
• 中枢神経症状(大脳萎縮、けいれん、発達遅延)
• 四肢の異常(筋骨格系の形成不全)
• 眼症状(網脈絡膜炎、白内障、小眼球症、眼振症)
• 瘢痕性皮膚病変(色素沈着など)
新生児の水痘感染
• 重症
• 死亡率は25%
• 出産から約2週間前に母親が水痘に感染
– 出産5日間から出産2日後に母親が水痘を発症
– 母親からは水痘は貰ったけど、水痘に対する
免疫を貰ってない⇒重症化
ムンプス
• 合併症
– 髄膜炎:1-10%
– 脳炎:0.02%
– 難聴
• 一過性:4%
Acta Otolaryngol 1962; 55: 231–36
• 永続性:0.005~0.1%
Acta Otolaryngol 1957;48: 397–403
Pediatr Infect Dis J 2009;28: 173–175
– 睾丸炎:38%
(思春期後)
– 卵巣炎:5%
– 膵炎:4%
http://logomarkmania.seesaa.net/article/200261382.html
ムンプス難聴
http://www.asahi.com/health/ikiru/TKY201112070169.html
Is Japan Deaf to Mumps
Vaccination?
Pediatr Infect Dis J 2009;28: 173–
175
• 日本からの報告
• 2004-2006年の調査
• 20歳未満の7400人のムン
プス罹患が対象
• 7人に永続的な片側難聴
• 難聴:7/7400=0.1%
• ワクチン接種者なし
Pediatr Infect Dis J 2009;28: 176
• Stanley A. Plotkin, MD
• ワクチンの大家
• コメントのタイトル訳
は・・
『日本はムンプス予防接種
に対して耳が聞こえないの
か??』
• つまり、日本のワクチン状
況について驚かれ、心配さ
れている・・
基本的事項
Vaccine Preventable
Diseases(VPD)は
ワクチンで防ごう
Vaccines & Preventable Diseases
• Anthrax
• Cervical Cancer
• Diphtheria
• Hepatitis A
• Hepatitis B
• Haemophilus influenzae
type b
• Human Papillomavirus
• H1N1 Flu (Swine Flu)
• Influenza (Seasonal Flu)
• Japanese Encephalitis
• Lyme Disease
• Measles
• Meningococcal
• Monkeypox
• Mumps
• Pertussis (Whooping
Cough)
• Pneumococcal
• Poliomyelitis (Polio)
• Rabies
• Rotavirus
• Rubella (German Measles)
• Shingles (Herpes Zoster)
• Smallpox
• Tetanus (Lockjaw)
• Tuberculosis
• Typhoid Fever
• Varicella (Chickenpox)
• Yellow Fever
米国のスケジュール: 0-6歳児
2015年版
日本では○は任意接種
日本小児科学会推奨スケジュール
2014年10月1日版
主要7カ国のWHO推奨ワクチン接種状況
2012年⇒2015年
国名 BCG DPT Hib 肺炎球菌 HPV B型肝炎 ポリオ 麻疹
イタリア △ ○ ○ △ ○ ○ IPV ○
フランス △ ○ ○ ○ ○ ○ IPV ○
ドイツ △ ○ ○ ○ ○ ○ IPV ○
英国 △ ○ ○ ○ ○ △ IPV ○
米国 △ ○ ○ ○ ○ ○ IPV ○
カナダ △ ○ ○ ○ ○ ○ IPV ○
日本:2012年 ○ ○ □ □ □ △ OPV ○
日本:2015年 ○ ○ ○ ○ ○ △ IPV ○
○定期接種 △リスクのある者のみ □子宮頚癌等ワクチン接種緊急促進事業による接種
• ワクチンってなんだろう
• ワクチンの効果と副反応
• 定期接種と任意接種について
• 医療関係者としての予防接種
医療関係者に対する
予防接種の目的は?
院長と小松が頭を下げないため?
当たり前ですが
あなたと患者さんの
安全のためです
医療関係者としての責任
1. 医療従事者自身の健康維持
• 感染している者に接する機会が多い
• 感染する危険性をもつ物(血液・体液)を扱う
2. 医療従事者から患者への感染防止
• 感染すると重症化する危険性を有する患者と
接する機会が多い
• Herd immunity、 cocoon strategyの重要性
3. 医療従事者が休むことでの病院の損失防止
最後に・・・
• 今年の健康診断で皆さんの麻疹・風疹・水
痘・ムンプスの免疫の状態を検査します
• もし免疫が十分でないと判断した場合、ワ
クチンの接種が必要になります
• ご協力くださいね
何か質問はありますか?
http://1kuchi.way-nifty.com/blog/2011/09/post-1f34.html

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