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分散形態論による
現代日本語の不規則活用の分析:




                                         日本言語学会第145回大会
                                           九州大学 2012/11/25
     形態統語環境と異形態

                田川拓海(筑波大学)
      tagawa.takumi.kp@u.tsukuba.ac.jp
                                @dlit
目的
  分散形態論(Distributed Morphology)を用いて

  1) 変格活用動詞「来る」「する」
  2) 特定の文法環境に現れる命令形




                                      日本言語学会第145回大会
                                        九州大学 2012/11/25
  の二種類の不規則活用形を分析
  ➥異形態の形式的取り扱い

(13)   a. この記事の下の方を見*(ろ)!
       b. この記事の下の方を見てみ(ろ)!
主張
分散形態論のモデルは、(後期挿入を採用している≒具
現的モデルである、ことによって)

1) 変格活用動詞が五段動詞と一段動詞の混合型であること




                               日本言語学会第145回大会
                                 九州大学 2012/11/25
2) 限定された環境にのみ現れる形態

をうまく取り扱うことができる
不規則形を研究する意義
  戸次(2010)で提案されている「網羅性」の高い分析を目
  指す

(2)   日本語の語幹、活用語尾、助動詞、接尾辞、態




                                 日本言語学会第145回大会
                                   九州大学 2012/11/25
      (ヴォイス)といった単文構造から、連体節(関係
      節)、連用節、条件節、引用節といった複文構造に
      至るまで、広範囲の現象をできるだけ例外のないよ
      うに捉える。(戸次(2010): 8)
二種類の網羅性
(3)   活用研究における二種類の網羅性
      a. 文法環境に対する網羅性
      b. 形態(音形)に対する網羅性




                                   日本言語学会第145回大会
                                     九州大学 2012/11/25
➥戸次(2010)は (3b)の網羅性についてもかなり広くカバー

  ➥さらに、 (理論的)形態論研究としては
   “どのようにして/なぜ”そのような形態/音形の分布
   になっているのか
   という問題の形式的取り扱いにも踏み込みたい
分散形態論(1): モデル
(4)      分散形態論の文法モデル
         Pure Lexicon

            統語部門

      Spell Out         Morphology              PF(音声形式)

         LF(論理形式)                Encyclopedia



• Pure Lexicon: 統語計算の対象になる形式素性がある
• Morphology(形態部門): 形式素性の具体的な音形が決定する
  ➥統語部門の計算が終わった後に形式素性の具体的な形態/音形が決
    まる:後期挿入(Late Insertion)
分散形態論(2): 特徴
“Piece-based” Morphology (cf. morpheme/word-based)
➥「洗練されたIAアプローチ」

具現的(realizational)




                                                     日本言語学会第145回大会
                                                       九州大学 2012/11/25
➥後期挿入:文法/形態素性が音形を認可

非パラダイム基盤(non-paradigm-based)
➥「パラダイム」を道具立てとしては採用しない

反語彙主義(anti-lexicalism)
➥語と句の連続性を重視し、それを統語論の枠組み
 (+α)で取り扱うアプローチ
活用形に関する規則
(7) 動詞の活用形に関する形態規則・音韻規則
    ※Vcfは子音語幹動詞、Vvfは母音語幹動詞を表す
    a. {V[+V], Fin[+Irrealis], M[+Imp(erative)]} ↔ Vcfに/e/、Vvfに/o/を付加   命令形
    b. {V[+V], Fin[+Irrealis], M[+Woll]} ↔ Vに/yoo/を付加                   意志形
    c. {V[+V], C[+Cond(itional)]} ↔ Vに/eba/を付加                          仮定形
    d. {V[+V], T[-Past]} ↔ Vに/u/を付加                                     終止形
    e. {V[+V]} ↔ Vcfに/a/を挿入/ Neg{ない, ず, ん, ねばならない}                      a形(未然形)
    f. {V[+V]} ↔ Vcf に/i/を挿入                                            i形(連用形)
    g. a, c, dの場合/r/を挿入/Vvf suffix


 • (7a-d):機能範疇にある素性の具現に関する形態規則
 • (7e-g):挿入音(epenthesis)に関する(形態)音韻規則
規則と規則の関係
(8)   競合(competition)
      形態規則は指定の多いものから順に適用される
           (the most highly specified wins (Embick 2008: 64))




                                                                日本言語学会第145回大会
                                                                  九州大学 2012/11/25
➥競合を採用することにより、多数の文法環境を少数の活
 用形でカバーしているという活用の非一対一対応問題に
 対して分析が与えられる(田川 (2009, 2012))
三原健一・仁田義雄(編)『活用論の前線』
              くろしお出版

              【所収論文】
               所収論文】
         • 仁田義雄「語と語形と活用形」
         • 益岡隆志「日本語動詞の活用・再訪」
         • 野田尚史「動詞の活用論から述語の構
           造論へ」




                               日本言語学会第145回大会
                                 九州大学 2012/11/25
         • 吉永尚「テ形節の意味と統語」
         • 三原健一「活用形から見る日本語の条
           件節」
         • 西山國雄「活用形の形態論、統語論、
           音韻論、通時」
         • 田川拓海「分散形態論を用いた動詞活
           用の研究に向けて」
「来る」「する」のパラダイム
      語幹     連用      タ/音便
                       音便      未然         終止        仮定         命令        意志

書く    kak    kak-i   ka-i-ta   kak-a     kak-u     kak-eba     kak-e    kak-oo

食べる   tabe   tabe    tabe-ta   tabe      tabe-ru tabe-reba tabe-ro      tabe-yoo

                                                   k-u-reba
来る     k      k-i     k-i-ta    k-o      k-u-ru                k-o-i    k-o-yoo




                                                                                   日本言語学会第145回大会
                                                                                     九州大学 2012/11/25
                                                  (k-o-reba)

                               s-i-nai                         s-i-ro
する     s      s-i     s-i-ta             s-u-ru   s-u-reba              s-i-yoo
                               s-e-zu                          s-e-yo


     「来る」「する」
     ➥子音語幹動詞(太線より前)
      母音語幹動詞(太線より後)
       の混合型
再調整規則(1)
  再調整規則(readjustment rule)を導入する
  ➥個々の語彙に特有の形態音韻規則

例) destr-oy / destr-uc-tion




                                                                   日本言語学会第145回大会
                                                                     九州大学 2012/11/25
  統語計算➜語彙挿入➜再調整規則➜(形態)音韻規則

(9)    「来る」:語幹/k/
       a. /k/→/ko/ /_{[+Neg], [+Imp], [+Woll], [+Cond],
                                             [+Caus(e)], /rare/}
       b. /k/→/ku/ /_{[-Past], [+Cond]}
再調整規則(2)
  「する」はもう少し複雑

(10)   「する」:語幹/s/
       a. /s/→/se/ /_{/yo/[+Imp], /zu/[+Neg]}




                                                日本言語学会第145回大会
                                                  九州大学 2012/11/25
       b. /s/→/si/ /_{[+Imp], [+Woll]}
       c. /s/→/su/ /_{[-Past], [+Cond]}

• (10b)の/si/の形態は連用形とする方が自然?
   ➥命令形・意志形の形態が/ro/, /yoo/と母音語幹動詞に
    接続する場合と同じになっている
形態の重複(doublet)
  「来(く、こ)れば」の分布をどう分析するか

(9)   「来る」:語幹/k/
      a. /k/→/ko/ /_{[+Neg], [+Imp], [+Woll], [+Cond],




                                                                  日本言語学会第145回大会
                                                                    九州大学 2012/11/25
                                            [+Caus(e)], /rare/}
      b. /k/→/ku/ /_{[-Past], [+Cond]}

• Adger(2006)などによる確率を採用するアプローチ
  ➥方言などのバリエーション(の影響)もうまく取り扱
   えるか
変格活用と分散形態論
「来る」「する」は基本的に子音語幹であり、母音語幹
的な性質は再調整規則によって得られる
➥統語部門の後に音形をまとめて決定・調整する分散形
 態論でうまく取り扱える




                            日本言語学会第145回大会
                              九州大学 2012/11/25
連用形命令(1)
  現代共通日本語ではいわゆる連用形命令法は基本的に不
  可能

(11)   a. それ、早く食べ*(ろ)!




                              日本言語学会第145回大会
                                九州大学 2012/11/25
       b. 先に 走れ/*走り!
連用形命令(2)
  「(て)くれる」「てみる」は現代共通語でも連用形命令
  が可能
  ➥ただし「てみる」は「てみろ」の形もある




                                     日本言語学会第145回大会
                                       九州大学 2012/11/25
(12)   a. もっと高いやつをくれ(*ろ)!
       b. 早く見てくれ(*ろ)!
(13)   a. この記事の下の方を見*(ろ)!
       b. この記事の下の方を見てみ(ろ)!
       c. ちょっと考えてもみ(ろ)、
                    すぐおかしいってわかるだろう
命令形の形態規則再考
  (共通語の)連用形命令は命令形の形態の有無の問題な
  ので、M[+Imp]に関する規則を整備する

(14)   a. M[+Imp] ↔ /∅/ /{√kure_, ([MP [VP [TP …te] √mi] _])}




                                                                日本言語学会第145回大会
                                                                  九州大学 2012/11/25
       b. M[+Imp] ↔ /i/ /√k_
       c. M[+Imp] ↔ /yo/ /[Vvf_ [+Formal]]
       d. M[+Imp] ↔ /o/ /Vvf_
       e. M[+Imp] ↔ /e/

• 統語環境による文脈指定を導入
  ➥これも分散形態論のモデルではうまく捉えられる
                    (cf. 削除分析)
その他の異形態
  他にも統語環境に依存する異形態は色々ある

(15)   賢太郎はもっとテレビに露出す(る)べきだ




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  ➥「する」に関する規則というよりは、[-Past]の形態規
   則の整備によって分析する
命令形のパラドクス?
Nishiyama(1998):命令形の形態を決定するには動詞語幹
の音形が決まっている必要がある
➥√(語幹)の音形が早い段階で存在すると仮定(Embick &
   Noyer (2007) )すれば良いが…




                                    日本言語学会第145回大会
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            語彙挿入による
 s-i   ro
 再調整規則による

再調整規則は語彙挿入より後に適用される規則
➥しかし、/ro/の挿入は前の要素が母音語幹動詞である
 ことに依存
 ➥再調整規則の位置づけをより厳密に考える必要がある
おわりに
分散形態論では後期挿入を採用していることによって、
特定の語彙・文法環境に限られる異形態をうまく取り扱
うことができる
➥どうしても個別に指定しなければならないものはある
 が、その中に見られる規則性もできるだけすくい上げ




                             日本言語学会第145回大会
                               九州大学 2012/11/25
 たい

このように少しずつ網羅性を上げる≒具体的な規則を書
いていく、ことによって形式的な問題が出てこないか検
証することができる
➥さらに、統語研究から(形態)音韻論研究への橋渡しに
課題
「問うて」「なさい」など未分析の形態が山積み

随意的な形態の出現や交替をどのように理論的に取り扱
うか




                            日本言語学会第145回大会
                              九州大学 2012/11/25
規則基盤(rule-based)の音韻分析の検証

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