BPS(生物心理社会)モデル ポートフォリオ
- 1. 【事例】70歳男性
2012年8月大家から地域包括支援センターに相談あり、自宅訪問。
自宅内に大量のゴミ・酒瓶・瓶に入ったし尿・金銭などが散乱している
状態であった。本人に記憶障害や歩行障害がみられており、当初は医療
機関受診を拒否していたが、8月31日地域包括の職員に連れられて当院
を受診した。
【既往歴】高血圧、下腿創部感染
【飲酒】正確な飲酒量は不明(CAGE陽性)
【喫煙】現在はなし
【家族構成】10人兄弟の三男、過去2回の結婚歴あり(前妻は死去)
同居家族:なし
非同居家族:前妻との間に長男・長女、離婚した後妻(いずれも交流なし)
【仕事】40歳まで都営バス運転手、その後69歳までタクシー会社勤務
【経済的基盤】年金 12万円/月、貯金 約200万円
【サポート】フォーマル:介護保険申請中、インフォーマル:なし
【Problem List】(初診時)
#1 認知症(病型不明):HDS-R 12/30,MMSE 21/30
#2 アルコール依存症
#3 アルコール性肝障害
#4 廃用症候群・易転倒性
#5 低栄養
#6 医療・介護への抵抗
#7 大家とのトラブルによる心理的苦痛
#8 独居、非同居家族との連絡不能
#9 自宅ゴミ屋敷
青木拓也
日本医療福祉生活協同組合連合会 家庭医療学開発センター、東京ほくと医療生活協同組合 北足立生協診療所
生物医学的要因に加えて心理的・社会的に個別性の高い要因をもつ患者など、家庭医は複雑な問題を抱える症例に対応する機会が多い。そのため臨床問題を、従来の疾患重
症度等といった視点に基づいて表現するだけでは不十分であり、むしろ臨床問題の複雑性(complexity)から記述することが必要と考えられる。今回プライマリケア領域での複雑
性評価を目的に作成されたMinnesota Complexity Assessment Method(MCAM)を用いて、複雑性の高い困難事例に介入を行ったため、その内容を報告する。
NEXT STEP
Chaotic caseに対応するためには、地域の介護・保健・福祉リソースや行政機関との連携
が不可欠である。そのため日頃から具体的なネットワーク形成を強化しておく必要がある。
参考文献
1)藤沼康樹:新・総合診療医学 家庭医療学編,カイ書林,2012
2)Martin C, Sturmberg P : General practice — chaos, complexity and innovation. Med J Aust 2005; 183 (2): 106-109.
考察
本事例はChaotic caseであったため、複雑性評価を経時的に実施しながら多職種カン
ファレンスを反復することで、特に優先度の高い要因に対して介入し、結果的に
Stabilizingが可能となった。
MCAMは短時間で複雑性評価が可能なツールであり、複雑性の高い患者の抽出や
要因の判別、介入計画の作成に有用と考えられる。
Illness
1.Symptom severity
2.Diagnostic challenge
・認知機能低下、低栄養、下
肢筋力低下による機能障害.
・中等度認知症(病型不明)、
アルコール依存症、廃用症
候群と診断.
Complexity level 5
・経口栄養剤により栄養状態
や下肢筋力は改善傾向.
・Treatable dementiaの除外、
病歴や心理検査よりアルツ
ハイマー型認知症と診断.
Complexity level 3
・歩行安定、外出頻度増加.
・アルコール摂取量減少によ
り、認知機能・運動機能に一
定の改善を認めた.
Complexity level 2
Readiness to engage
3.Distress,distraction,preoccupation
4.Readiness for treatment and change
・アパート大家とのトラブル
多く、不安や苦悩あり.
・当初は病識なく受診拒否.
Complexity level 5
・大家とのトラブルが心理的
増悪要因となり飲酒量増加.
・当院受診継続の必要性を
了承し定期通院.
Complexity level 5
・Socialへの介入により、大家
との関係性が一部修復.
⇒心理的苦痛が軽減.
・当院通院は再度自己中断.
Complexity level 4
Social
5.Home/residential safety,stability
6.Participation in social network
・室内はゴミ屋敷の状態.
し尿の入った空き瓶が散乱.
・家賃滞納・室内の状況より
大家から退去要請あり.
Complexity level 6
・ゴミ処理業者が入り清掃.
ヘルパー導入し衛生維持.
・依然大家からの退去要請.
保証人おらず転居も困難.
Complexity level 4
・家賃支払いに管理会社を
仲介させることで滞納防止.
⇒大家が退去保留を了承.
・親族調査の上、区長申し立
てによる後見人申請の方針.
Complexity level 3
Health system
7.Organization of care
8.Patient-clinician relationships
・地域包括支援センターと当
院が介入.
・医師・患者関係が未構築で
あり受診拒否.
Complexity level 4
・介護保険認定がおり、ヘル
パー・ディサービスを導入.
権利擁護・保健師も介入.
・医師・患者関係が構築され
定期通院可能に.
Complexity level 4
・後見人や住居問題等の方
針を協議するため、基幹型
包括支援センターも介入.
・再度受診拒否.
Complexity level 5
Resource for care
9.Shared language with providers
10.Adequacy of insurance for care
・言語の共通性に問題なし.
・年金収入が12万円/月、貯金もあることから一般的な医療・介護利用に際して経済的支障はない.
Complexity level 0
当院初診
第1回多職種カンファレンス
医師、看護師、地域包括、CM、
ヘルパー、権利擁護センター、保健師
第2回多職種カンファレンス
医師、看護師、地域包括、CM、ヘルパー、
権利擁護センター、保健師、基幹型地域包括
【Minnesota Complexity Assessment Method】
Domain
S
t
a
b
i
l
i
z
i
n
g
(
安
定
化
)
【Minnesota Complexity Assessment Method(MCAM)とは】
外来で簡便に利用できる複雑性(Complexity)の
評価尺度として、ミネソタ大学Bairdらが開発。
「Illness」「Readiness」「Social」「Health System」
「Resources for Care」の5要因を客観的評価。
(各要因をComplexity level 0〜6で評価)
モデル:家庭医が扱う臨床問題の分布⇒
(面積:頻度)
Simple problems
Complicated
problems
Complex problems
Chaos
Complexit
y