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ヒト、チンパンジー、マウスにおけるトリプレットリピートの網羅的解析(修士研究)
http://www.slideshare.net/teapipin/ss-15384007 の台本




*自分は、1分あたり310文字らしい(NHK アナウンサーは長さは1分間で400字)
*★はクリックポイント(スライド内でクリックするポイント。スライドが変わるときは
   この印は省略)
*最後に質問された内容と自分の答えを挙げた


(発表内容)
ヒト、チンパンジー、マウスにおけるトリプレットリピートの網羅的解析を行いましたの
で、報告いたします。


ゲノムにおけるリピート
現在多くの生物種でゲノムの解析が進んでおり、内部構造が明らかになってきました。多
くの生物種で反復配列は大部分を占め、ヒトの場合およそ 70%を占めていることが分かっ
てきています。この反復配列は散在型と縦型に分かれますが、★ヒトの場合、特に重要な
のが縦型のマイクロサテライトのうち、反復単位が 3 つ組であるトリプレットリピートで
す。その理由として、このリピートの異常伸長が遺伝性の疾患であるトリプレットリピー
ト病をもたらすためです。


トリプレットリピート病
この疾患は現在までにおよそ 40 種類確認され、原因となる伸長部位は遺伝子領域内に存在
しています。翻訳領域原因を持つものや、非翻訳領域である、UTR やイントロンに原因の
を持つものも知られています。リピートの長さはこの例のように疾患の人の遺伝子のほう
が健常者よりも伸びていることが見て取れます。


リピートのインシリコ解析の現状
リピートの研究は各分野で行われている中、コンピュータを用いたインシリコ解析の現状
について紹介させていただきます。まず、対象は遺伝子領域と遺伝子間領域を区別しない
網羅的な解析が主流で、翻訳領域に注目した研究はあまり数が多くはありません。また、
オーソログ遺伝子での比較はほとんど行われてはおりません。機能に関しても、リピート
が機能部位であるかはまだ不明であり、機能がよく分かっているタンパク質とリピートの
関係を研究した例も少ないというのが現状です。そこで本研究ではこれらのことを踏まえ
て、翻訳領域におけるリピートを解析の対象にすることにしました。




                                      1
本研究の流れ
本研究の流れといたしましては、まず後で紹介しますが、現在行われている研究ではリピ
ートの数え方に問題があるため、リピートの再定義を行いました。次にその定義に基づい
て、生物種ごとにリピートの分布に違いはあるのか?、リピートの進化的な形成速度は生
物種によって差はあるのか?、そしてリピートを持つタンパク質は機能に偏りがあるの
か?、という検証を行いました。まず、リピートの再定義についてお話させていただきま
す。★まず、リピートの再定義についてお話させていただきます。


リピートの数え方と問題点
現在の研究においてのリピートの数え方は、連続するトリプレットをリピートとして数え
るという算出方法が用いられています。★たとえば、こちらの SCA1 の例では CAG が 6
個連続しているので、長さが6のリピートということになります。★しかし、リピートに
は分断配列というものを持つものが存在します。こちらの SCA1 病気の原因の遺伝子の例
ですと、CAG のリピートの間に CAT という分断配列が存在していることが見て取れます。
最近の研究では分断配列の重要性が示唆されてきており、★例えば臨床系の研究では、
SCA1 の患者の場合、多型がありまして、分断配列を持っている患者の方が持っていない患
者よりも発症年齢が遅いことや、症状が和らげられることが確認されております。


本研究での解析手法
このようなことから、本研究では従来行われていなかった分断配列を考慮してリピートの
網羅的な解析を行うことを手法といたしました。この利点としては、トリプレットリピー
ト病の原因により近い部位を抽出できること、リピートの進化的な比較が行いやすくなる
ことが考えられます。特に、相同遺伝子での比較の場合、この例の遺伝子においてはヒト
でグルタミンが 18 連続していますが、マウスの場合分断配列ヒスチジンがあるため、★従
来の定義では後ろの連続した 15 の部位をリピートして数えていました。★しかし、ヒスチ
ジンは CAC によってコードされますが、グルタミンをコードしている CAG と比べて一文
字変化しているだけで、これは点変異として考えるほうが自然であろうと考えられます。
★そのため本研究では分断配列を含めてすべてで長さを 17 として算出する方法を用いまし
た。


分断配列を考慮したリピートの再定義
具体的な算出方法について紹介いたします。リピートは統計学的に偶然性を排除できる最
低数である 5 以上のトリプレット、またはアミノ酸と定義しました。また、分断配列は病
気の遺伝子を参考に1トリプレットまたは1アミノ酸としました。こちらの例で示します
と、まずリピート名は CAG リピート、分断配列は CAG に囲まれた1トリプレットである
CAA、リピートは分断配列を含めたこの下線部の領域ということになります。また、リピ



                      2
ートの長さは分断配列を含めて13プラス1プラス9で合計23ということになります。
本研究ではこの定義に基づき、ヒト、チンパンジー、マウスの翻訳領域からリピートを抽
出いたしました。


本研究の流れ
次にリピートの分布の違いを検証するために分断配列の由来と、ヒト、チンパンジー、マ
ウスにおけるリピートの網羅的解析を行いました。


分断配列の由来
いままで分断配列を網羅的に解析した例は報告されていませんでした。そこで上位10の
トリプレットリピートが持つ分断配列とリピートのトリプレットの塩基の変異数を調べま
した。例えば、CAG リピートの場合、分断配列が CAA なら1文字違うので1点変異、TAA
では2文字違うので2点変異というふうに数を調べ、各リピートごとの割合を算出いたし
ました。その結果がこのグラフです。横軸が上位1位から順に並べたトリプレットリピー
ト名、縦軸が割合です。この結果から、ヒトの場合1点変異で生じるものが平均して6割
以上で最も多く存在することが分かりました。また、同様の解析をチンパンジー、マウス
で行ったところ、★これらの生物種でも一点変異で生じる場合が最も多いことが分かりま
した。また3生物種で全体的な傾向が似ていることが分かりました。先行研究では、分断
配列の形成は点変異による場合と複製時のスリップによる説がありましたが、本研究から
点変異で起こる可能性が強く示唆されました。


ヒト、チンパンジー、マウスにおけるリピート
次にヒト、チンパンジー、マウスにおけるアミノ酸単位でのリピートの平均的な長さを比
較しました。このグラフで、横軸が各アミノ酸リピート、縦軸が平均の長さです。t 検定の
結果、意外にもこの3者に違いは見られませんでした。これは相同性のある部位でリピー
トが保存されていて同様の傾向を示す場合と、各生物種でリピートは別々に形成されるが
そのランダムさが同じである可能性があります。


本研究の流れ
それを検証するためにヒトとマウスのオーソログ遺伝子におけるリピートを比較いたしま
した。


ヒトとマウスのオーソログ遺伝子におけるリピート
マウスを用いたのはヒトとのオーソログ情報がよく整理されているためです。解析の結果、
ヒトのみリピートを持つもの、ヒトとマウスの両方でリピートを持つもの、マウスのみで
リピートを持つものが存在しております。★まず第1としてヒトのみ、マウスのみの場合



                      3
を検証し、★次にヒトとマウスの両方でリピートを検証いたしました。★もし①でリピー
トの傾向が同じならば、進化的には異なるがリピートの形成のランダム性が同じであるこ
と、②で同じならば進化的な保存度が同じであることが分かります。★


①ヒトのみ、マウスのみでリピートを持つ遺伝子で違いはあるのか?
まず、ヒトのみとマウスのみでリピートの割合と長さの平均値を解析しました。こちらが
割合を示したもので横軸がリピート名、縦軸が割合です。KS 検定の結果ヒトのみ、マウス
のみで分布に違いは見られませんでした。また長さの平均を求めたこちらの場合でも、t 検
定の結果ヒトのみ、マウスのみで差は見られませんでした。


②ヒトとマウスの両方でリピートを持つ遺伝子で違いはあるのか?
次にヒトとマウスの両方でリピートを持つ遺伝子のうち、アラニンリピートとグルタミン
リピートにおいて、それぞれの相同性のあるリピート部位の長さの差を求めました。例え
ば、ヒトで長さが10、マウスで5の場合、5-10で-5ということになります。この
ように算出した結果を区間2のヒストグラムに表したのがこちらです。ゼロの場合は多い
ので略しましたが、左側がヒトの方がリピートが長いもの、右側がマウスのほうがリピー
トが長いものです。★この結果、アラニンリピート、グルタミンリピートともほぼ対称的
な分布を示していることがわかりました。以上より、ヒトとマウスのオーソログ遺伝子で
のリピートの形成速度に大きな偏りはないことが分かりました。


本研究の流れ
最後にリピートを持つタンパク質の機能について解析しました。


リピートを持つタンパク質の機能
ヒトでおよそ1万5千のタンパク質に、機能のアノテーション情報である GO slim 単語を
付加し、各機能ごとの割合の差を検定しました。たとえばこちらの例ですと、すべてのタ
ンパク質のうち development という機能持つものの割合と、ヒトでリピートを持つタンパ
ク質のうち development という機能を持つものの割合を、p-value として表し、その有意
性を検討したということです。


ヒトでリピートを持つタンパク質の機能
まずヒトでリピートを持つすべてのタンパク質について調べたところ、発生や転写にかか
わるものが有意に多いことが分かりました。また、代謝にかかわるものなどが有意に少な
いことが分かりました。


ヒトで上位 10 位のリピートを持つタンパク質の機能



                         4
その内訳としてヒトで上位 10 位のリピートにおいて同様の解析を行いました。赤色が有意
に多い場合、青色が有意に少ない場合で、p-value の数値を省略したものです。この結果、
各リピートごとに特異的な機能があることが分かりました。★また特にロイシンリピート
が他のリピートに比べて機能の分布が異なっていることが見て取れました。


機能の分布に対するクラスタリング
それを確認するために各リピートの機能に対してクラスタリングを行いました。★すると、
やはりロイシンリピートを持つタンパク質は、他のリピートを持つタンパク質に比べて傾
向が大きく異なることが分かりました。★


本研究のまとめ
本研究のまとめといたしましては、まず、分断配列の形成は点変異によって生じる可能性
が高いということ、ヒト、チンパンジー、マウスにおいてリピートの分布や平均的な長さ
に大きな差は見られず、またヒトとマウスではリピートの形成速度はほぼ同じであること
が示唆されました。機能に関しては、一部のリピートはタンパク質の機能に関係している
可能性が高いこと、特にロイシンリピートを持つタンパク質の機能の傾向は他のリピート
を持つタンパク質と比較して大きく異なっていたということが分かりました。


以上で発表を終わります。




                      5
(質問と答え)
(1)
Q.原核生物の研究をしなかったのはなぜですか?
A.本研究ではヒトの病気を出発点としており、ヒトと近種でのリピートを比較したためで
す。


Q.それはいい逃げ方ですね。しかし、この研究は原核生物の場合が大事なんです。それを
やらないとはおかしい。これは質問というよりもお説教です。(一同笑)
A.(無言)


Q.もし仮に転写に関係があるとしてそれを実験的に示すためにはどういう実験系を構築す
るべきですか?
A.分かりません。




(2)
Q.ヒトのみでリピートがある領域はマウスではどうなっているのですか?
A.マウスではその領域は大半が関係のない塩基が存在しております。


Q.その場合どうやってリピートが形成されたのだと思いますか?
A.おそらく点変異によってリピートが形成されたと思います。


Q.オーソログの解析はマウスとのみですが、チンパンジーはなぜやらなかったのですか?
A.やりたいのですが、現時点ではオーソログの情報がまだきちんと整理されておらず、使
うことができませんでした。あと1~2年すれば、そのような解析も可能になってくると
思います。


Q.病気の遺伝子はヒトとマウスのベン図の中でどこに属しますか?ヒトのみでリピートの
場合にも病気のものはありますか?
A.今のところ、ヒトとマウスの両方でリピートが存在する場合のみに病気が発見されてお
ります。しかし、他の場合に病気ではないとは言い切れません。その可能性は十分にある
と思います。




(3)
Q.部位が大事だと思うんですよ。たとえばタンパク質でリピートが機能しているかは表面



                    6
にあるかが大事でしょ?部位の研究はしましたか?
A.自分もそのことは分かっておりますが、現時点ではそこまでは至りませんでした。今後
やって行きたいと思っております。


Q.RNA の2次構造はどうですか?
A.RNA に関しても実験系でおもしろい結果が出ていますので、
                              いずれはインシリコで RNA
の構造解析や構造予測を行っていきたいと考えております。


Q.種間のオーソログの解析は分かりましたが、種内でのパラログの研究は行われていない
のですか?
A.今のところそのような報告はありません。おもしろそうなのでやってみたいですね。




(終了後に)
【1】
(壇上から降りて自分の席に帰る途中に話しかけられる)
Q.リピートはあるときグンと伸びるのですか?
A.いえ。子孫に伝わるときに伸びるのです。病気になったから伸びるというわけではあり
ません。


Q.そうなんだけど、伸び方が一定というわけではないですよね?
A.そうです。ある一定以上だと急に伸び方が増幅するらしいです。(ここで次の人の発表が
始まったため、「また後で」と言われ、中断。しかし次の休み時間にはその先生はすでにい
なくなっていた・・・)。




【2】
(メールをいただく)
アミノ酸リッチとプリオンについて。




                     7

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